大橋巨泉 視聴率が見える人

小倉 智昭 キャスター
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「11PM」や「クイズダービー」など昭和のテレビ史に残る人気番組の司会を務めた大橋巨泉(1934〜2016)。彼を師と仰ぐ小倉智昭氏が巨泉流の仕事の極意を語る。

 僕が巨泉さんと知り合ったのは、20代の頃。当時僕は東京12チャンネル(現在のテレビ東京)のアナウンサーで、競馬中継を担当していました。巨泉さんはニッポン放送で競馬の番組を持っていたので中継室で見かけていましたが、オーラを放っていて、声をかけられる雰囲気ではなかった。ある時、巨泉さんのほうから「小倉君が食べてるその弁当、何?」と話しかけられ、一介のアナウンサーにすぎなかった僕を知っていたことに驚いたんです。その後、「ニッポン放送で番組をやる気はないか」と誘われた。退社し、巨泉さんの事務所でお世話になったのですが、仕事に厳しい人だから、自分の事務所のタレントをバーターで使ったりしない。仕事をもらえるものだと甘く考えていたので、しばらくは生活が苦しかったですね。

大橋巨泉 Ⓒ時事通信社

 でも、結果的には巨泉さんが助けてくれた。昭和58(1983)年に始まった巨泉さんの番組「世界まるごとHOWマッチ」のナレーターに起用され、甲高い声で面白おかしく話したら、スタジオは大ウケ。「この声でやらせろ」という巨泉さんの指示で、録りためてあったものを録音し直した。そして、僕のナレーションが流れると、巨泉さんは何度も「また小倉のバカが」とボヤく。その後、僕の仕事が増えたのは、巨泉さんが名前を連呼して知名度を上げてくれたおかげなんです。

 巨泉さんは何事も掘り下げて勉強する貪欲な人。メジャーリーグやアメフトなどのスポーツから政治まで何でも詳しかった。ジャズ評論家から放送作家に転身し、作家として携わっていた深夜番組「11PM」に出演することになったのも、情報への感度が高く、先を読む能力に長けていたから。まだ海外の番組の放送などなかった時代に、巨泉さんは自宅に大きなパラボラアンテナをつけて衛星放送で世界の番組をチェックしていたんですよ。だからこそ、日本のテレビの枠にとらわれない発想が生まれたのでしょう。

「絶対に兵ちゃんとたけしを」

 巨泉さんは、企画の段階から番組に関わっていました。「HOWマッチ」の立ち上げ時は「解答者に兵ちゃん(石坂浩二)と(ビート)たけしを絶対に入れてくれ。この二人が出ないなら、俺はやらない」と言っていた。「クイズダービー」でも、数多の候補者の中から篠沢秀夫さんやはらたいらさんなど異色の出演者を選んだのは巨泉さんです。頭の中には「こうすれば視聴率が取れる」というイメージがあり、その基準を満たしていなければ駄目。番組で流すVTRを前日にチェックし、「こんなものは放送できない」と作り直しを命じたり、「話が違う」と激怒して帰ってしまい、収録が中止になったこともありました。

 昭和62(1987)年に始まった日本テレビの「巨泉のこんなモノいらない!?」にも、巨泉さんのこだわりが詰まっていた。世の中の「いらないもの」を斬るバラエティ番組で、「NHK」や「オリンピック」を取り上げるなど、今では放送できない内容ばかり。僕は巨泉さんの質問に答える役割でした。

小倉智昭氏 Ⓒ文藝春秋

 特にスタッフが肝を冷やしたのは「高校野球」の回。読売新聞との関係性で日本テレビとしても「高校野球は不要」とは言いづらい。VTRは放送前に局の上層部がチェックしますが、見せれば放送するなと言われる。しかし巨泉さんは妥協を許さない。困ったチーフディレクターは別のVTRを上層部に見せ、オンエアでは“本物”を流して強行突破した。そのディレクターは「俺はクビかもしれない」と怯えていましたよ。彼がクビにならず、むしろ出世したのは不幸中の幸いでしたが。

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source : 文藝春秋 2025年1月号

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