様々な物語を楽しむためのまたとない素養
マーティン・プフナーの『物語創世』という本があり、世界に対して強い影響力を持つ物語のことを「基盤テキスト」と呼称しているが、実は基盤テキストのほとんどはそのモチーフを神話に負っている。従って世界の神話を学ぶことは、様々な物語を楽しむためのまたとない素養となるのだ。本書はジュニア新書ではあるが、世界の神話を広範にわたって網羅しており、大人でもこれだけの知見を有している人は少いだろう。家族全員で楽しめる1冊である。
スタートはインド。現実世界に強い興味をいだいてきた中国は多くの歴史書を残し、神々や死後の世界に興味をいだいてきたインドがゆたかな神話を残した。古代インド人の考えた世界観は壮大なもので、4つのユガ(時代区分)があり、4つを合わせた大ユガが432万年で1,000の大ユガをカルパといい、これが創造神ブラフマーの1日とされている。世界を維持する最高神ヴィシュヌは10の化身を持つことで有名で(仏陀もその1つ)、もう1人の最高神シヴァは生と死や破壊をつかさどる。またドゥルガーという美しい戦女神も信仰されている。
メソポタミアは洪水神話の発祥の地で、マヌの洪水(インド)、ノアの箱船(旧約聖書)、デウカリオンの洪水(ギリシア)はすべて起源が同じである。原初の女神ティアマトは男神マルドゥクに殺害され、その身体の各部分が世界の構成要素となった(世界巨人型創世神話。中国の盤古なども同じ)。女神イナンナの冥界降りは、植物神の死と再生のサイクル神話でギリシアのアドニスもそうである。また世界最古の英雄叙事詩ギルガメシュ叙事詩もメソポタミアで生まれた。
エジプトでは天空が女神ヌトで大地が男神ゲブ。世界のほとんどが天父地母型であるのと好対照を成している。オシリスとイシスの物語はギリシアのデメテルとペルセポネを生んだ。
ギリシアではウラノスとクロノス、クロノスとゼウスの父子2代にわたる天界の王争いが演じられた。オリュンポスの神々は次々に人間の5つの種族を生み出したがその特徴はだんだん悪くなっていくところにある。ところがアステカでは逆に良くなっていくのである。
北欧では世界樹ユグドラシルの巨木がいろいろな災いに苦しめられている。これは世界が常に危機にさらされているという思考の表われである。本書にはこの他、ケルト、インドネシア、中国、オセアニア、アメリカなどの美しくも恐ろしくそして聖なる物語が、古事記も含めてコンパクトに収められている。
ところで世界の神話はとてもよく似ている。それはなぜだろうか。著者は4つの理由をあげる。まず伝播による例として、ギリシアのオルペウスとエウリュディケの冥界降りの神話が、スキタイ、朝鮮を経由して日本のイザナキとイザナミの物語になったと。次いでインド=ヨーロッパ語族の場合はもともと1つの社会を営んでいたので、大地の重荷(人間が増えすぎたので神々が戦を起こす)の話がギリシアにもインドにも伝わっている。第3に人間の同一の心理に由来するものとして怖い女神(命を生み出すと同時に死を与えることによって命を回収する)の例があげられる。最後に同じ現象が同じ神話を生む例として、鳥が卵から生まれるのを見て卵から世界も生まれてきた(宇宙卵型神話)と類推する。なるほど、神話は決して荒唐無稽な話ではないことがよくわかった。
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source : 文藝春秋 2019年11月号