雨宮処凛編著「この国の不寛容の果てに 相模原事件と私たちの時代」

中島 岳志 東京工業大学教授
エンタメ 読書

「失われた20年」で何が失われたか

 2016年に相模原障害者施設殺傷事件が起きた時、編著者の雨宮は「とうとう、こんな事件が起きてしまった」と思ったという。そして、障害者への福祉予算の配分に憎悪を募らせた植松被告の「剥き出しの本音」に接し、「静かに、『心の準備』は進んでいた」という。

 雨宮が10年ほど前にラジオ番組に出た時のこと。リスナーからFAXで「利益創出人間以外は死んでください」というメッセージが届いた。貧困問題に取り組む彼女に対して、露骨な反発が向けられたのだ。この時、雨宮は「日々、職場でそんなことを言われているのではないか」と感じたという。

 競争に明け暮れる会社で「利益を生み出せないなら死んでください」と言われ、少ないパイの奪い合い、コスト削減に追われる毎日。身も心も削られて生きていると、生活保護受給者や障害者が「不当に守られ」ている既得権益者に見えてくる。問題は、そのように見えてしまうほどの庶民生活の地盤沈下にある。

 元アナウンサーの長谷川豊は、人工透析患者は自業自得と見なし、全員の実費負担を求めたうえで、「無理だと泣くならそのまま殺せ!」と訴えた。自民党衆議院議員の杉田水脈(みお)は「LGBTには生産性がない」と説き、性的マイノリティを公的政策の対象外と見なした。そして、シリアから帰還したジャーナリスト安田純平に向けられた「自己責任」というバッシング。川崎市登戸で起きた無差別殺傷事件の犯人に対して向けられた「死ぬなら1人で死ね」という言葉。日本では、他者を苦境に追い込まないための努力や利他的な寛容さが喪失しているように見える。

 植松被告は、事件後、接見した相手に「日本の借金」問題を訴えている。こんな状況下で社会保障に多額のお金をかけている場合ではないとし、障害者19人の殺害を正当化しているのだ。

 ここには彼なりの「危機感」「正義感」がある。そして「迷惑をかけてはいけない」という生真面目さが垣間見える。

 雨宮は、植松容疑者の中に、ロスジェネから若者世代に共通する心性を見出す。剥奪感と不遇感、不安、切迫感、そして苛立ち。「失われた20年」と言われるが、一体、何が失われたのか。

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source : 文藝春秋 2019年11月号

genre : エンタメ 読書