文字通りのカウボーイが馬に乗る
経営者は丁寧に私に教えてくれた。
「餌は1日に2回与える。牛は定期的に餌を食べることで、消化も体調も整う」
「ここにいる牛は、最終的には世界中に輸出される。1頭あたり2000ドルほどで安定的に出荷されていく」
さらには個別のロットを見ながら、ここの規模の大きさを強調する。
「このロットの牛はオクラホマ州から送られてきた」
「この赤牛はミズーリ州からきた」
「こっちの牛たちは、ここから5~6キロの場所で生まれた」
「向こうの離れたのは、テネシー州から送られて来た」
そんな説明を受けながら進むトラックの向こう側から、馬に跨った3人の男達がこっちに向かってやって来た。
「ここのカウボーイたちだ」
文字通りのカウボーイは、馬に乗って牛の群の中に入り、昼に夜に牛の健康状態を目視で確認してまわる。様子のおかしな牛や、病気が疑われるものは、そこから隔離する。
ここで育った牛の中には、日本に送られたものもあったそうだ。現在では規制が緩和されているが、2003年に米国でもBSEが発生したことで、日本への食肉輸入は月齢20ヶ月以下の牛に限られていた。そのための証明書を求められることもしばしばだった、と経営者は言った。
「これが、WAGYUだ」
そうして広いフィードロットをぐるりとまわって、出発地点のオフィスに戻ろうとしたとき、トラックがあるロットの前で停まった。
「これが、WAGYUだ」
経営者が言った。ある番号のロットの中に数十頭の黒毛の牛が放たれていた。それを指して言った。
「いまは少ないが、多い時には2000頭ほどを飼っていたこともある」
米国内で生まれ、ここで大きく育ったWAGYUは、米国内の高級ステーキハウスなどに出荷されていく。日本の誇る和牛が、米国で自給できる。
衝撃だった。日本の伝統的和牛が米国の大地で育つ。それも大量に。
ただ、いま目の前にある牛たちがフィードロット経営者の言うような本物の和牛なのか、定かではなかった。日本固有の和牛の遺伝子を持つのかどうか。にわかには信じ難かった。
だが、もし本物の遺伝子を持たないとしても、それはWAGYUという偽ブランドで、日本の知的財産を侵害していることになる。
では、本物だとしたら――。中国が奪おうとした和牛の遺伝情報は、もはや米国では当たり前のように持ち出されて生産されている。それが私の目にした現実だった。中国よりもずっと以前に、米国、オーストラリアに渡って、活用されている。それも日本が知的財産の保護に遅れをとった証だ。今回の件で、中国ばかりを敵視するわけにもいくまい。いまさら中国だからと大騒ぎしてみせるのも間抜けな話だ。
文・写真=青沼陽一郎