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連載昭和の35大事件

まるで戦争「日本刀44本を押収」 殺人が起きても止まらない”野田醤油ストライキ”のすべて

争議団幹部が重役と刺し違えて一人一殺の案まで

2019/09/08

source : 文藝春秋 増刊号 昭和の35大事件

genre : ニュース, 社会, 歴史, 経済, メディア, 働き方, 企業

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1000余名もの組員が戦い続けた野田争議

 野田争議は組合運動の中からみれば実によく闘った争議である。脱退者が出ても最後まで1000名の者がふみ止まり困苦欠乏に堪え、意気軒昻、勇猛果敢、戦勢挽回の為に、血の努力を結集したのである。

争議団解団式の模様を伝える東京朝日新聞

 或る団員は女房から生活苦を訴えられ脱会を奨められたが、同志を裏切るならお前と別れる、と妻に別れて同志への誓いを立て、一同を感奮興起させた。別の意味からは問題もあろうが、兎も角組合を信ずることかくの如く鉄血の誓いをしたものが1000余名もいたのである。

 全国の労働組合からも物的、精神的援助をうけカンパの総額は3万6000余円の巨額に上った。

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 戦後21年2月に至り現在の組合が結成される迄野田の地に組合運動はなかった。当時の争議は暴力的であった為、附近の人々はこれを労働組合と呼ばず「労働会」と呼んで恐れたものであり、戦後組合が結成されてもこの恐怖は尚続いて「組合に入るな」と新採用者の父母は教え込む者が多いのである。会社の圧倒的勝利と組合の惨敗を眼に見ている為に、こう考えるのであろう。同時に会社も又この争議に払った莫大な損失と名誉恢復の為に、再び繰り返すまいとして細心の注意を払うようになっている。

争議に敗れても、醬油労働者が掴んだ偉大な力

 争議に払った費用は争議団が約50万円、会社が500万円とみられている。1対10の損失比率はどの争議にも大体共通したものである。

野田醤油本社にて行われた覚書調印(「野田血戦記」より)

 会社は争議が終ってから労働対策は協調会の意見を取り入れた。協調会は福利施設の拡充を教えている。

 この結果スポーツの奨励、家族慰安会の開催をしている。又本社前に2000人を収容する興風会館の建築を行い、附属として図書館、育英事業をやり、附属病院の経営、職域保育園も設置した。

 労働政策は従前「ひろしき」に雑居していた時代は主として茨城方面の次三男を集めたが、争議後は一変して野田周辺の比較的富農の長男を雇うようになった。長男はおとなしい者が多く、家と田畑がついていて賃金に不満があっても移動をすることが出来ないからである。

 争議は敗れたが、7年足らずの間に醬油労働者は偉大な力を摑んだ。組合が自省と戦機を誤ったことは惜しまれるが、労働者を解放したその功績は、今も尚消えるものではない。争議にルールの確立していなかった当時として、双方に暴力行為の多かったのは或は止むをえなかったかも知れないが、充分反省を要するところである。今日多くのストライキを見る時、この野田争議の教訓が充分活かされていないのを遺憾に思うのである。組合が順調に勝利を納めている時、次の闘いに慎重でなければならないことをこの争議は語っている。

                                                     (左社代議士)

※記事の内容がわかりやすいように、一部のものについては改題しています。

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