今こそ公衆衛生学的視点が必要
これまでPCR検査は、保健所の許可を得て「帰国者・接触者外来」という場所で行われてきた。この「帰国者・接触者」という聞き慣れぬ言葉に日本のこれまでの感染対策のエッセンスが詰まっている。つまり、海外からの感染者の入国を防ぐ水際対策とクラスター対策(症状のある感染者とその接触者の隔離)を行えば国内蔓延は防げるという伝統的な考え方だ。SARSのように症状が出た時に感染しやすい疾患であればそれは効果があるであろう。しかし、新型コロナウイルスのように、潜伏期間も長く無症状でも感染させる可能性のあるウイルスに関して、初期の段階では急速な感染拡大を防ぐことができたとしても、この先クラスター対策でウイルスを封じ込めることはほぼ不可能だ。
折しも、感染症に関する2つの学会が、PCR検査の対象をより厳しく絞り込むことを提案した。肺炎症状がありウイルス性肺炎の疑いのある患者のみを検査すべきという方針だ。「重症例を優先し、命を救う」ことは臨床医学では当然の判断だ。さらに、軽症の陽性者が検査を求めて医療機関を受診することが、院内感染の拡大につながっているとの指摘もある。今後、重症度に関係なく、陽性者が医療機関に殺到すれば混乱が起こるだろう。検査や収容施設のキャパシティーの問題を指摘する声もある。であれば、「軽症者は検査せずに家で休んでもらえば良い」と臨床医の方々が考えるのももっともだ。
私の専門は公衆衛生学だ。公衆衛生学は、感染をマクロ的な視点から観察し、いかにそれを封じ込めていくかというオプションを様々な観点から検討する。その公衆衛生学の観点から、コロナ禍で大きな被害を受けたイタリアの村で行われた大規模な調査に注目したい。その村では、ロックダウン実施と解除の時に2回住民の詳細な調査(PCR検査、臨床症状など)をした。それぞれ人口の86%と72%を調査することができたが、驚くことに、陽性者の43%が無症状だったのだ。
無症状感染者が感染を広げる可能性は、既に今年1月に医学雑誌『ランセット』で指摘されていた。それを裏付ける研究が世界で最も権威のある医学雑誌『ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』の4月23日最新号で報告された。米国の介護施設における詳細な調査では、無症状感染者が感染者全体の半分以上を占め、そこから感染が広がっている可能性を示すものであった。