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「以後、風俗を害する恐れあり」裁判長の傍聴禁止命令

 東日と読売は定の裁判長との一問一答を詳しく記述。予審調書と特に違った内容はないが、裁判長に「芸妓には自分から好きでなったのか」と問われ「自分から好きではありませんでした。させられたのです」と答えた。

 さらに「どんな男が好きか」という尋問には「女に優しい男が好きです」と答え、「心中してもいいと思ったのは石田さん一人だけでした。でも、石田さんはそんな気がなかった」と言い切ったのが目立った。

 大宮校長に更生するよう諭されたときも「被告の体は男なしではやっていけないようになっていたのではないか」と言う裁判長に「そうです」と答えたのに東日は「“お定イズム”披露」の見出しを付けた。

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 吉蔵とのなれそめを述べ、いよいよ5月11日からの「まさき」での2人の行動について陳述が及ぶと、裁判長が「以後、風俗を害する恐れあり」として傍聴禁止を命令。

 その後は、「日が暮れて鈍いシャンデリアでは足りず、お定の立つ被告席の前には数本の裸ロウソクが立てられたが、愛戯の果て情人を殺す血なまぐさい場面に及んでは、妖艶の気が法廷を包み『あの時は愛着のあまり独占したい一念からあんなことを致しましたが、今では気の毒なことをしたと後悔しています。これからは一意石田の菩提を弔いたいと思います』と、しんみり女らしい心境を述べたと伝えられる」と読売は報じた。

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「締めるなら途中で手を放すなよ。後がとても苦しいから」

「まさき」(実際は変体仮名で判決文もそうなっているが、「満佐喜」と表記したものも多い)では、密室での吉蔵との性愛の営みの中で定に殺意が生まれ、自分の着物の細ひもで吉蔵の首を絞めて殺害。事前に買って隠してあった牛刀で切り取り、傷つけたことは予審調書でも公判でも隠さず陳述した。ひもで首を絞めたのは2人の間の性技で、事件前日にも定がそうしたため、吉蔵の首や顔にその跡がひどく残った。

 そして18日、連日連夜の“情痴”の疲れから吉蔵は眠そうにしていたが、「そのうち『お加代(吉田屋での定の名)、俺が寝たらまた締めるだろうな』と言いました。私が『うん』と言いながらニヤリとすると、『締めるなら途中で手を放すなよ。後がとても苦しいから』と言いました」(予審調書)。

 会話は不気味で、どんな意味なのか考えさせられ、予審調書の中でも最もミステリーとして残る部分だ。

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 定は「その時、私はこの人は私に殺されるのを望んでいるのかしらと、ふと思いましたが、そんなはずのないことはいろいろのことから分かりきっていましたから、もちろん冗談だとすぐ思い直しました」と述べている。

 しかし、5月22日付東朝朝刊での「あの人も喜んでくれているでしょう」という発言を考えると、実際にそう思っていた可能性は強いのではないだろうか。「どてら裁判」には、その「証拠品」が傍聴禁止の法廷で定の前に示されたときのことが書かれている。「『被告人はこれを見てどう思っているか』と尋ねると『非常に懐かしく思っております』と答えた」。

 予審調書や手記を見ていくと「まさき」での2人はどんどん“魔界”に入って行っているように感じられる。「婦人公論」1936年7月号で、歌人・原阿佐緒と不倫問題を起こした物理学者・歌人の石原純はこう述べている。

「恋愛観が強く燃焼する場合」「生活が無視せられ、そしてひいては人格消滅にさえ導かれてしまうのである」。