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人類進化の奇妙な謎…“ホモ・サピエンス”より先に島を渡った“フローレス原人”はなぜ絶滅してしまったのか

『誰かに話したくなる 摩訶不思議な生きものたち』より #2

2021/04/14

source : ノンフィクション出版

genre : エンタメ, 読書, 社会,

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5万年前に忽然と姿を消す

 いずれにしても、およそ80万年前に島にたどり着いたフローレス原人は、75万年もの間、生き延びていた。これは、非常に安定した集団だったことを示している。何しろ、28万年前に誕生したと考えられるホモ・サピエンスの3倍もの年月を生きていたのだから。

 フローレス原人は、他の人類がなし得なかったウォレス線越えをはたし、フローレス島を隠れ里として、非常に安定した状態で、他の原人が絶滅した後も生きていた。しかし、そんな彼らが5万年前を境に、忽然と姿を消してしまった。ちょうどそれは、ホモ・サピエンスがフローレス島に渡ってきた時期と重なっているのだ。

 アフリカで誕生したホモ・サピエンスが最初にアフリカを出たのは20万年前~10万年前、次が6万年前と考えられている。どちらの時期も、ユーラシア大陸にはすでに先住人類がいた。およそ180万年前にアフリカを出た原人、ホモ・エレクトスは、北京原人としてアジア大陸の端まで達していたし、ユーラシア各地には、40万年前からネアンデルタール人が住んでいた。しかし、原人も旧人もホモ・サピエンスの進出から程なく、地球上から姿を消しているのだ。

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ネアンデルタール人とホモ・サピエンスには能力差がない

 かつては、能力に優れるホモ・サピエンスが、原人やネアンデルタール人を駆逐してきたと考えられていた。しかし近年の研究では、少なくともネアンデルタール人とホモ・サピエンスの間には、能力差はほとんどないことがわかってきた。

©iStock.com

 ネアンデルタール人は、狩猟用の石の槍や握り部のある石のナイフを使い、大型のシカやイノシシなどの哺乳類や、カメやトカゲなどの小動物を捕って食べていた。貝や鳥の羽根などを装身具として用い、花などを添えて死者を悼む埋葬を行っていた。

 2018年には、スペイン北部の洞窟から、6万5000年前のネアンデルタール人が描いたと見られる壁画が見つかり、両者の間には共通点が多かったことが、改めて証明されている。

 しかも、現代人のDNAの中には、ネアンデルタール人由来の遺伝情報が1~4%ほど、混合していることもわかった。これにより、ホモ・サピエンスは、住処や獲物を巡ってネアンデルタール人と競合しながら、1万年以上にわたって交配したと考えられているのだ。

 当時のホモ・サピエンスの人口は、骨や生活跡の分析から、ほかの人類より一桁多かったことがわかっている。原人や旧人の集団は、ホモ・サピエンスが増えていく過程で生息場所を狭めていったために近親交配が進み、遺伝病などの有害変異が蓄積され、絶滅したと考えられるようになっているのだ。

 なぜホモ・サピエンスだけが生き残ったのかについては不明な点が多いが、どうやら、単純に他の人類よりも優れていたから、というだけではなさそうだ。