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2位「オレたちひょうきん族」(フジテレビ系・1981~ 1989)

 放送時間は土曜日夜8時で、「打倒ライバル『8時だョ!全員集合』」を合言葉に番組はスタート。ついには視聴率で追い抜き、その後「全員集合」は終了しました。

 ビートたけしのタケちゃんマンや明石家さんまのブラックデビルなど人気キャラクターを配し、都会的でハイセンスな笑いを提供。本来は裏方であるディレクターが表舞台に出たのも新鮮でした。島崎俊郎(アダモステ)や西川のりお(フラワーダンシングチーム)などのキワモノ芸人も人気でした。

2位「オレたちひょうきん族」の収録風景。左は明石家さんま扮する「パーでんねん」、右はビートたけし扮する「タケちゃんマン」(1986年2月撮影)

「今なお現役で大活躍されているたけしやさんまをはじめとし、山田邦子や片岡鶴太郎ら当時の人気コメディアン総出演の番組でした。斬新で楽しい土曜の夜だった」(64・男性)

「タケちゃんマン、ひょうきんベストテンなど、理屈抜きに面白かった。バラエティを見ない父も毎週見て、笑っていたのが印象的です」(51・男性)

「典型的なハプニングバラエティ番組。『全員集合』よりも下品度は高かったが、面白さという点ではハンパなかった。製作側のメンバーが表舞台に出てくるという新しい手法がこの時に確立された」(53・男性)

「懺悔の時間が特に楽しみ」(66・女性)

「タケちゃんマンとアミダババアは無敵。最終回は哀しくて泣きました。週明けの月曜日は、友達とひょうきん族の話で盛り上がっていました。史上最強のバラエティ番組」(50・女性)

「OLの時、残業の土曜日20時にほか弁を食べながら会社のテレビをみんなで観てました。バカバカしいけど、残業中の息抜きになりました。懐かしいわ~」(57・女性)

「吉本の大阪芸人をリアルにつかっていた。大阪を捨てた芸人じゃなくて、大阪のコテコテをそのまんま暴走させていてすごかった。のりおのフラワールームなんて今ではやばすぎるギリギリです」(44・男性)

「『全員集合』がややマンネリ化してきた頃、楽屋オチ、業界用語などを前面に押し出した、良くも悪くも今のお笑いの基礎を作った番組だと思います。大学生の時の番組ですが、ビデオのない時代、酒飲みながら友達と見てました」(58・男性)

「ドリフを“卒業”する契機となる番組でした。バラエティ番組も年齢なりに楽しみが変わるのだ、と」(50・男性)

「お笑いブームの中で芸人が互いにしのぎを削っているところが、お笑い版『仁義なき戦い』のようだった」(53・男性)

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