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 帰宅して「世の中、甘くねえな」と悶々としていたら、野村さんの言葉が頭によみがえったんです。

「ちっぽけなプライドは捨てろ。『自分はこうだ』というエゴは捨てろ。チームが必要としているピース(=かけら)にならないとダメだ。インコースに投げろ。シュートを覚えろ」

 現役時代の僕は、球は速かったけど特徴がない投手でした。94年に一軍に上がったとはいえ、当時のヤクルト投手陣はめちゃくちゃレベルが高かった。野村さんの言葉に発奮して95年からシュートに取り組み始めた。ブルペンで練習をしていたら、野村監督が近づいて言いました。

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「マツヤニを付けて練習してみろ」

 その通りにやってみると、手に引っ掛かりがあるしボールが曲がる。シュートを習得するイメージが持てるようになった。その様子を見ていた野村監督が、さらにこう言ったんです。

「じゃあ、オープン戦でもマツヤニを使え。オレが責任を取るから、シーズンでも使え」

 耳を疑いました。監督は真顔だから冗談ではない。隣のコーチにも聞こえている。固まりましたよ。

野村克也氏 ©文藝春秋

「のし上がるためなら、なんでもやってやる」

「イヤイヤイヤ、野村克也が責任取るわけねえじゃん! オレが捕まるよ。いくら子どものオレでもそれくらい分かる!」

 と内心叫びました。同時に「やばい。監督がここまで言うくらい本気なんだ。こっちも本気で覚えてシュートをものにしないとまずい。だってオレ、違反したくねえもん」

 と心がひりひりしました。あのときのやり取りを、就職先を探していた頃に思い出したんです。

「『のし上がるためなら、なんでもやってやる』。それくらいの覚悟で挑め。変われ。ものにしろ。貪欲になれ」

 そう教えてくれたんだ、と思いました。「ユニホームを脱いでからの人生が大切なんだ」ともおっしゃっていたな、と。

©文藝春秋

なりふり構わず、居場所をつかむ

「野球の知識や経験を生かすところで働こう。でもプロ野球チームに近づき過ぎたくない。一緒に一軍に行った仲間が活躍している姿を見るのは辛い」と。そこで、野球やサッカーのデータを解析しチームに提供するシステム会社「アソボウズ」(現データスタジアム)の存在を思い出して、インターネットで会社を検索し、メールを送ったんです。