昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

「9回無死満塁で投手は桑田真澄。“初球から打て”と言われ金縛りに…」 元ヤクルト・城友博が野村監督に“気に入ってもらうため”の“戦略”

2022/06/30

source : ノンフィクション出版

genre : エンタメ, スポーツ

「ユニホームを脱いでからが勝負だ」。監督は選手に何度も説いた。人生後半戦をどう生きるか。それが問われる――。野村克也の薫陶を受けた“野村チルドレン”は、プロ野球選手を引退後、ビジネスの世界で活躍している。誕生日の6月29日、3人のビジネスリーダーが、「野村の教え」を紹介してくれた。

遺言 野村克也が最期の1年に語ったこと』の著者で、野村の“最後の話し相手”となった、元サンケイスポーツ記者、現在はジャーナリストの飯田絵美氏が、学生の就職活動を支援する人材紹介会社を経営する城友博氏に聞いた。(全3回の2回目。#1,#3を読む)

◆◆◆

一軍に残るための戦略

――城友博さんはヤクルトの俊足の2番打者、イケメン選手として人気を集めた。現在、人材紹介事業「J―SHIP」を経営する彼を支えているのは、プロ野球選手の頃に培った戦略思考だった。

 僕の原点は、「どうしたら一軍で結果を出せるか。いかにレギュラーを取れるか」という思いです。いつもそれを考えて行動していました。自分の価値を分かっていましたから。

「どうしたら一軍で結果を出せるか」という思いが原点だという城友博氏

〈身長1メートル72、肩は弱い、バッティングは大したことがない〉。売れるポイントは足しかなかった。「このままでは、プロでは生き残れない」と分析しました。

 プロ野球選手は1年ごとの契約です。ドラフト6位入団で、実績もない僕は、いつクビになるか分からない。そこで、〈高卒、球の切れ、挫折経験、スイングの速さ〉と自己の個性を客観視。一軍に残るためにはどうしたらいいか、戦略を立てたんです。

野球でもビジネスでも求められる視点

 野村さんから見て、僕の見た目は大嫌いなタイプだと判断しました。だから試合中、ベンチで野村監督の前に座って積極的に声を出しました。「おまえ、茶髪やろ」と言われたときは、「これは地毛なんです」と答えましたが、翌日、黒く染めて行きました。僕の髪は柔らかくて、光に当たると茶色くなりやすいんです。でも見た目の清潔感は大事だと僕も理解していますし、野村さんは茶髪・長髪・ヒゲが嫌いだと知っていたから、あえて髪を黒く染めたんです。

トークショーでの野村幸代氏と野村克也氏 ©文藝春秋

「城はもともと茶色い髪質なのに、さらに黒く染めてきたんや」という印象を監督に与えることになりました。

 気に入ってもらいたいけど、媚びを売るわけではない。自分が所属するリーダーがどういうタイプなのか。どういう距離感を望んでいるのか。それを把握し実行したつもりです。リーダーが求める像に自分を近づけることも、その場で生きる戦略のひとつ。常に相手の立場になって考えること。その視点が、野球でもビジネスでも求められます。

z