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「いろいろお世話になっております。私は例のピストル強盗ですが…」警視庁に届いた手紙と“日本初の劇場型犯罪”を起こした男

「いろいろお世話になっております。私は例のピストル強盗ですが…」警視庁に届いた手紙と“日本初の劇場型犯罪”を起こした男

「ピス健」事件#2

2022/12/18
note

ピス健という男を突き動かしたものは…

 大正事件史の“スター”ピス健の犯行を見るとき、意表を突いて国内外を飛び回り、警察を翻弄するなど、大向こうをうならせる派手さがある。広域犯罪と劇場型犯罪の草分けといってもいいかもしれない。

 根底には驚くほどの自己顕示欲があるように思われる。それは彼の生い立ちや経験から来たものだったのか。また、短歌などの知識と教養をどこで身に着けたのか。「印刷工自由労働党」をはじめとする階級意識や社会主義思想が彼の本質だったとは思えない。

 逮捕時の大毎が彼の経歴を書く中で「幼い時から天稟(生まれつきの才能)的な才智のひらめきを見せ、常に大言壮語して、善悪にかかわらず、ただ天下に名をなすことをのみ夢見ていたという」と評したのが当たっている気がする。要するにミーハーな犯罪者だったのだろう。それを新聞が祭り上げ、あおり立てた。「ピス健」は一面、メディアが作ったともいえる。

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 もう1つ言えば、彼の犯罪は都会を志向し、海外を向いていた。それはやがて来る昭和の都市の時代、海外侵略のゆがんだ前ぶれだったのかもしれない。彼もまた「時代の子」だった。

【参考文献】
▽「大阪府警察史第2巻」 1972年
▽石渡安躬「斷獄實録第一輯」 松華堂書店 1933年
▽「捜査と防犯 明治大正昭和・探偵秘話」 兵庫県防犯研究会 1937年
▽「神奈川県警察史上巻」 1970年
▽「警視庁史大正編」 1960年
▽森長英三郎「史談裁判」 日本評論社 1966年
▽斎藤正一「拳銃の密輸に就て」=「司法研究報告書集第18輯」(司法省調査課、1934年)所収
▽添田知道「演歌の明治大正史」 岩波新書 1963年

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