精巧な彫刻を造れる刃物は、同時に人を殺めることもできる
「ChatGPTは確かに自然な言語を生成します。場合によっては絵画や音楽なども作り得ます。これは革命的に人類の進歩につながるかもしれません。今はムードで『あれも使える』『これも使える』という議論が先走りしています。イノベーション(新機軸・革新)を起こすには、そうしたことが必要な面もあるでしょう。
ただ、鋭利な刃物であれば、精巧な彫刻を造ることができると同時に、人を殺めることもできます。よく効く薬には、副作用もあって、ちゃんと使用法が書いてあります。そうした使用法の議論がなく、何でも使えるという風潮は正しいのでしょうか」
もちろん、ChatGPTについては各方面で様々な議論がなされているが、平井知事には「どういう利害得失があるかという議論が中心になっている」ように映る。
「例えばプライバシーが流出するとか、機密が漏れるとか、人材の育成につながらないとか、多くの課題が論じられています。こうしたことも当然整理しなければなりません。ChatGPTの仕組みをコントロールして、人権にかかわるような行為にならないようにしたり、こうした言葉は拾ってはいけないというふうにしたりするには、技術者の皆さんに機能を進化させていただく必要があると考えています。
それと併せて、薬で言えば使用法、刃物なら人を殺めてはいけないという刑法みたいなものも議論されるべきではないかと思うのです」
便利なものであっても、社会を壊すことになる
このような指摘には反発もある。記者会見の内容に対しても、様々な声があった。
「『便利なものなのに、何で文句を言うんだ』と言う人もいます。ただ、それは自分の社会を壊すことにもなりますよ。未来に向けて民主主義の価値観を失うことにもなりますよと申し上げたい。ChatGPTに聞くと、答えが出たような気になって満足してしまいますが、それでは問題が解決しないのは、鳥取県の事例(#1)でも説明した通りです。
人間社会の方で付き合い方を考えていかなければならないのに、一番大事な哲学の問題がすっぽり抜け落ちているのです」
平井知事がそこまで言う背景には、世界で民主主義が脅かされるような出来事が頻発し、これにインターネットが深く絡んでいる側面があるからだ。
身近な話では、新型コロナウイルス感染症に関して、SNSを介したデマが流れた。
「ワクチンを打つとマイクロチップを埋め込まれるという、あり得ない話が特定の勢力によって広まりました。そうした情報を信じた人々がワクチン接種会場になだれ込んでしまう事件も発生しました」
2021年1月にはアメリカで連邦議会議事堂の襲撃事件が起きた。大統領選で負けたドナルド・トランプ氏が「不正投票が行われた」とする虚偽情報をSNSで流したのがきっかけの一つとされている。