「国が滅びる兆しは女性から」
日本の訪問団が着ていた服装もたびたび流行になった。80年代中頃には、ゆったりとした風通しのいいシャツが、90年代にはキュロットスカートが流行したという。
洋服は手作りもしくは、市場、闇市場で手に入れるのが一般的。ただし、お金がある上流階層は、そんな手間暇はかけず、外貨商店で購入したり、洋服店で仕立てる。ちなみに仕立て代は、当時の貨幣価値で、1000ウォンから1500ウォンだとか。おしゃれをするためのお金が欲しくて、“花を売る”援助交際も外貨商店ができた80年代から現れた。当時、「国が滅びる兆しは女性から」というフレーズが流行ったそうだ。
平壌を訪れた外国人たちにとって一番印象深いのは、女性たちがみな素足なことだそうだ。北朝鮮では、夏は素足にサンダルが定番。90年代初めに、平壌でひざまでのストッキングが流行したことはあるが、普通のパンティストッキングは高級品で庶民にはなかなか手に入らない。
「月餅」のおいしさに感動
アクセサリーもまた庶民にとっては高嶺の花だ。ネックレス、指輪、イヤリングもあるにはあるがどれも高い。中でもイヤリングは特別で、「イヤリングをするのはブルジョワだ、といわれて揶揄される」(李さん)。
流行りもののほとんどは、口コミで広まる。言論統制された閉鎖的な北朝鮮では口コミの速さは驚くほどなのだそうだ。幼稚園の先生をしていた金さんは、「仕事の後、友達の家に集まってはいろいろな話をした」という。話題は、ファッションから、恋愛、セックスまでさまざま。
アイドルの話などもするのだろうかと尋ねると、「テレビなどでキレイとかかっこいいと思う程度で、夢中になるようなアイドルはいなかったし、そんな余裕もなかった。キリキリ文化(仲間同士でつるむこと)は、反国家勢力といわれて禁止されていたから、ファンクラブを作るなんてことは想像すらできなかった。韓国に来て初めてそういうものがあることを知りました」(金さん)。
それでも女性に人気があったのは、北朝鮮に拉致され脱北した韓国の映画監督・申相玉が育てたといわれる女優の金ジョンファ。CIAに潜り込むスパイ役で人気が出たそうで、金さん曰く、
「ああいうかっこいい女性になりたい、ってみんなでよく話をしていました」
友人宅に集まる時は、皆でお金を出し合って、お菓子を買ったそうだ。人気だったのは、中国のお菓子「月餅」。
北朝鮮のお菓子の定番は、飴やおこしでチョコレートやケーキは普通の人には手に入らない。金持ちは外貨商店でクッキーやソーセージをおやつに買っていたという。
人民学校(日本の小学校)の生徒には、国からお菓子が支給されていたが、これも、80年代中頃までの話。それ以降は、お金を国に払わなければならなくなった。北朝鮮では砂糖も不足気味ゆえ、おしなべて「お菓子はパサパサ、とても食べられたものではない」と金さん。月餅を初めて食べた時は、「世の中にこんなおいしいものがあるのかと思った」と感激したそうだ。