幼少期、自身の名前を好きになれなかったという田中宏和氏の人生は、ある衝撃的な出会いで一変する。
「1994年のドラフト会議で、奈良県出身の田中宏和さんが近鉄バファローズから1位で指名されました。元野球少年だった私は、自分のことではないのに血が逆流するような喜びを覚えた。名前が同じだけで、他人の人生を生きられるような面白さを知ってしまったんです」
以来、同姓同名の「自分以外探し」が始まり、2003年には別の田中宏和さんと初対面。その後は「裕和」や「浩一」など漢字を問わず「タナカヒロカズの会」を拡大し、会員数は265人に。会員同士は判別のためあだ名をつけ合い、自身は[ほぼ幹事]を名乗る。

「22年には同姓同名が集った人数(178人)でギネスにも登録されましたが、国内外のメディアに取り上げていただいたことで、話題になりすぎた。わずか約3ヶ月後、セルビアの256人のミリツァ・ヨヴァノビッチさんにあっさりと記録を抜かれてしまいました」
それでも活動は続き、創業メンバー全員が同姓同名の「タナカヒロカズ株式会社」も起業。ごく普通の名前をブランド化した実績を強みに、商品やサービスに付加価値をつける事業を展開している。
「これまでで一番印象的だったのは、タナカヒロカズさんの生と死。会の最年少・6歳の[平成最後]さんの両親はこの活動をご存知で、『これだけの人たちとのネットワークができるのは心強い』と、名づけのきっかけにしてくださった。一方で、21年に[ミニバン]さんこと86番目の田中宏和さんが亡くなり、弔辞を読む機会をいただきました。生と死に接し、名前はその人が生きた証だということを改めて実感しました」
これまでの活動記録をまとめた本書で驚かされるのは、参考文献の数とジャンルの多様さだ。クロード・レヴィ=ストロース、九鬼周造、ジャック・デリダ……。同姓同名運動を切り口に、名前を人類学的、哲学的に探っている。
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