「人間は生き、人間は堕ちる。そのこと以外の中に人間を救う便利な近道はない」と書いた『堕落論』で終戦直後の混迷の世相に衝撃を与えた坂口安吾(さかぐちあんご)(1906―1955)は、非常に惜しまれながらこの世を去った。享年48である。無頼と呼ばれた作家の晩年の10年を連れ添った16歳下の三千代夫人は、最後まで「安吾の妻」として生きたと長男の綱男(つなお)さんは証言する――。
亡くなる直前の2日間、私とお喋りをしたり、お風呂に入れてくれたり、ありったけのサービスをしてくれました。朝になっても、眠っている私たちのためにおふとんをかけてくれたりストーブをつけてくれたり……、父の亡くなった2月17日は寒い朝だったと母は書き残しています。
お通夜の晩には、尾崎士郎さんも檀一雄さんも小林秀雄さんも桐生の自宅に来てくれました。石川淳さんは、私を抱いてとめどなく涙を流されたそうです。赤ん坊だった私には、まったく記憶がありません。世間を騒がせ続けた父が、母と一緒に最も平穏に暮らした桐生での生活は1年半で終わってしまいました。
そして母が桐生の地を踏むことは、もう2度とありませんでした。
破天荒な作家の女房だから、世間では母をなかなかの猛者(もさ)だと思いこんでいるようですが、私の印象では弱い女性です。むしろ自分の弱さを武器にして、無頼と呼ばれていた父を巻き込んでいたのかもしれません。まるで柳に風のような人でした。

ほんとうに体が弱くて、根気もなかったのに、父の話になるとなぜか気合が入るんです。かなり進んでいる出版や映画化の企画でも、何か気に入らないことがあるとすべて白紙にしてしまう。父の名誉という大義名分があれば、執念をもって守ろうとしたのです。息子の私はハラハラしながら見ていました。安吾の女房というカリスマ性かもしれませんが、まわりには迷惑をかけたはずなのに、ずいぶんとみなさんから慕われていたのも不思議でした。
銀座に「クラクラ」という名のバーを28年も続けることができたのも、安吾の仲間が頼りない母と店を守り育ててくれたからだと思います。母はお酒が飲めませんでした。奈良漬けを食べても顔が真っ赤になってしまうし、ほんの少しケーキにブランデーが入っていても「この匂いは気持ち悪い」と嫌がりました。ただし、人と話をすることは大好きで、父の酒の相手をするときも紅茶を飲んでいたそうです。
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source : 文藝春秋 1998年2月号

