水谷八重子 クシャミのときも役になりきれ、と教えた母

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女優の水谷八重子(みずたにやえこ)(1905―1979)は、東京神楽坂生まれ。島村抱月の芸術座の公演に子役として出たのが初舞台。民衆座の『青い鳥』のチルチル役で称賛される。昭和初期からは松竹系の商業演劇で活躍をはじめ、新派の舞台にも立つ。昭和12(1937)年、歌舞伎の十四世守田勘彌(坂東玉三郎の養父)と結婚するが、昭和25年に離婚。花柳章太郎と並んで新派を支え、芸術院会員、文化功労者にも選ばれた。良重(よしえ)氏(二代目水谷八重子)はひとり娘。※文藝春秋1989年9月号掲載

 

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 母水谷八重子、父守田勘彌の間に生まれた娘でありながら、幼いころの私は、女優になりたいとはこれっぽっちも思いませんでした。学芸会のときも、いつも裏方にまわっていたぐらいです。

 それは母の願いでもあったと思います。母は私にごく普通の娘でいてほしい、学校も人並みに卒業してほしいと願っていました。

 母は6歳で芝居の世界に入りましたから、学校は休みがちでした。私立の女学校に通ったのですが、その学校は厳格な校風で、芸能活動をしていた母には卒業証書をくださらなかったのです。結局、卒業後何年かしてから母の活躍ぶりが評価され、証書もいただけましたが、母は苦い思いをしたようです。

水谷八重子 ©文藝春秋

 私もその母の学んだ学校に通っていましたから、私には同じみじめな思いはさせまいと願って、学校へはきちんと行くように厳しくしつけられました。門限は高校生になってからも8時でした。外出先もちゃんと知らせておくように言われていました。母は帰りが遅いのですが、帰るまで起きていることは許されず、早く寝かされました。母の出演している劇場の楽屋に遊びにいくのも、土曜以外は禁じられていました。まったく甘やかされなかったのです。

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source : 文藝春秋 1989年9月号

genre : エンタメ 芸能