性別を踏まえた医療

日本再生 第95回

立花 隆 ジャーナリスト
ライフ 医療

 私は、二〇〇七年暮れに膀胱ガンの宣告を受けてすぐ手術を受けたが、それ以来、再発の恐れがいつでもあるとのことで、数カ月に一度膀胱に内視鏡を入れて内部を観察するということを今もくり返している。たいていのガンは手術をしたあと五年を経過すれば完治したとみなされる。しかし男性の膀胱ガンと女性の乳ガンだけは、このルールが適用されず、いつでも再発の恐れがあるとされ、経過観察がその後も延々とつづく。経過観察の間隔は個々の患者によってちがうが、手法は同じで、内部に内視鏡を入れて、内壁をくまなく観察してなにか異常がないか確かめる。異変の兆しがあれば、内壁をつまみ取って、それを顕微鏡で精査し、ガン細胞の有無を確認する。そこまでやったことが一回。その直前の疑いまでかけられたことが一回。まあなんとか切り抜けて、今日にいたっている。

 私はこれ以外にも、前から多くの診療科の検査、診断で、東大病院のあちこちに通っている(毎日服用せねばならぬクスリだけで八種類もある)から、東大病院にはかなり詳しい。最近、病院の中を移動していて、あれ、この看板、前とちがっていると思ったところがある。外来入口から入って、そのまま直進したところだ。そこは昔から産婦人科の入口カウンターだった。うちの娘(次女)がしばらく前にここでお産をしたときは、昔ながらの産婦人科の看板がかかっていたような記憶がある(夜だったせいか曖昧な記憶だが)。それが新しい看板に変っていて、「女性診療科・産科」となっていた。病院のウェブページで、そのあたりの変化をたどると、一九九八年にそれまでの「産婦人科」が「女性診療科・産科」になったとあり、同時に泌尿器科が「泌尿器科・男性科」となったとある。

「男性科」というあまり聞き慣れない診療科の名前を、私はかなり前から知っていた。膀胱ガンで、泌尿器科にかかるようになったはじめのはじめから、泌尿器科は、男性科との二枚看板だったからだ。それも男性科の看板が途中から加わったのかと思っていたら、そうではなくて、昔から二枚看板だったのだ。

 膀胱ガンの先生に、「男性科って何なんですか? 男性の性機能の低下とか性病のことですか?」とたずねたことがある。なぜそんなことを聞いたのかと言えば、昔、文藝春秋社に入社したばかりのころを思い出したからだ。当時、社内に立派な保健室があり、そこにドクターが常駐していた。そのドクターはもっぱら性病治療のためにいるのだと先輩社員に教えられたが、ほんとかどうか、受診する社員は少なからずいた。

 東大の男性科の先生は、こともなげに、「ああ、それは全部含むんですよ」と答えた。医者は守秘義務があるから、他の患者のことは漏らさないが、一般的な情報については、問えばたいていのことを教えてくれる。「男性に特有のガンがいろいろありましてねえ」と、私が膀胱ガンの患者であることはもちろんよく知っているから、他の様々な男性ガンについて語ってくれたりした。聞けば聞くほど、私の膀胱ガンなど、病気のうちに入らないくらい重いものが沢山あることを知った。

 さて、最近、私が当惑しているのは、泌尿器科の女性医師の存在である。昔は男ばかりだったが、最近東大でも女性医師があちこちに出てきたと思ったら、ついに泌尿器科にも入ってきたのだ。

 数カ月に一回の内視鏡膀胱検査は、それなりの大きさをもった内視鏡を、亀頭先端部から尿道に挿入して、膀胱の内部まで、ペニスの中心部にある細い尿管の中を押し込んでいかなければならない。挿入時に麻酔クリームをつけるから痛みはありそうで無い。しかし見知らぬ女性にペニスをつかまれるのはやはり当惑する。女性医師の側も当惑があるにちがいないが、「職業意識」に徹して、つとめて何の感情もあらわさぬようにしている。しかし問題はそれだけではなかった。内視鏡の先端部がコースを外れて、ペニスの肉の部分に突き刺さり、ぎゃーと声が出そうなくらいの激痛が走ったのだ。

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source : 文藝春秋 2019年4月号

genre : ライフ 医療