東大紛争五十周年

日本再生 第94回

立花 隆 ジャーナリスト
ニュース 社会

 一月十八、九日は、東大紛争安田講堂事件の五十周年にあたるというので、NHKでも民放でも特集番組を流していた。私は当時東大の哲学科の学生(もともと仏文科の卒業生。文藝春秋社に二年半ほど勤めた後、卒業生が他学科に面接のみで入学できる学士入学制度を利用して、大学に戻っていた)であると同時に、紛争がはじまってから折にふれて大学支給の報道の腕章を巻いて、文春の取材の手伝いをしていた。日本で唯一の正規学生であると同時に正規の取材記者だった。

 忘れがたい思い出の一つは、いよいよ明日は機動隊が突入してくるとわかっていた日の最後の夜、つまり一月十七日の夜中すぎの出来事である。安田講堂斜め前の大銀杏があるあたりで大きなたき火が焚かれ、それを囲むようにして、二十人近い人々があたっていた。それは一部バリケードの最終補強を終えた学生たちであり、明日の討ち入りの最終プランを練っていた公安警察官ないし大学関係者、それにマスコミ人と思われた。廃材があちこちにあったからだろう、火はしばらく音をたてて燃えつづけ、人々の顔をてらしつづけた。明日は、彼らが正面からぶつかり合うのだと思いながら、私は彼らの横顔にしばらく見入っていた。事実それから数時間後には機動隊がキャンパスに入ってきて、臨戦態勢を敷き激突が起きた。

 十八、九日は早朝から、キャンパスの中をあちこち動きながら(報道腕章の威力絶大)、あの激しい攻防戦を多方面からつぶさに見ていた。御茶ノ水駅周辺でも市街戦まがいの騒ぎが起きていたので、時にそちらにも移動して双方に目くばりしながら、ほとんどフルにウォッチしていた。学生であると同時に記者の身分も持っていたので、私はあの日起きたことを最も詳しく自分の肉眼で見た男だったと自負している。

 私は世代的には第一次安保世代だから、六〇年代はそれなりに学生運動もやったが、二度目の学生時代である東大紛争時代は、学生運動には一切かかわっていない(しかし知り合いには活動家レベルが多数いたから情報は沢山入っていた)。哲学科に入って早々にヴィトゲンシュタインの著作(『論理哲学論考』)に出会い、そのものの考え方に魅せられ、生涯に渡る影響を受けた。特に論を立てる上での「オッカムの剃刀」の用法は今でも役立っている。その周辺分野(記号論理学、論理実証主義、分析哲学、科学哲学、言語哲学など)にも夢中になっていたから、勉強に忙しく、ストなどとんでもないと思っていた。全共闘運動にはそのころからシンパシーを全く持たず、甘ったれ学生運動と思っていた。

 それに、二度目の学生時代は、生活にも忙しかった。生活費を自分で全部稼ぐために、文藝春秋社と講談社に二股かけた出入りの文筆業者として働きまくっていた=書きまくっていた。立花隆のペンネームで書くこともあったが、無署名のまとめ原稿の仕事がその何倍もあり、それで稼ぎまくっていたのだ。

 安田講堂事件の前後もそうだ。安田講堂が陥落すると、すぐその後にメモ片手に、一階から三階まで歩きまわって、落書きを写しまくって書いたのが「東大ゲバルト壁語録」であり、東大全共闘と日大全共闘の二人の指導者の周辺を取材して書いたのが、「実像・山本義隆と秋田明大」だった。また学生運動に参加した学生たちの家族をあれこれ取材して書いたのが、「この果てしなき断絶――三派系全学連・父と子の記録」だった。

 この時期、東大でも日大でもバリケードの中で広く読まれていたのが、「少年マガジン」であり、当時の経企庁若手官僚が読書会=分析会をしていることにヒントを得て書いたのが、「『少年マガジン』は現代最高の総合雑誌か」だった。この頃、ゲバ棒ふりかざす学生たちの心情をあらわす言葉として広く伝えられていた表現が、「右手(めて)に(朝日)ジャーナル、左手(ゆんで)にマガジン」だったが、これぞほんとうに学生の読書生活そのもので、そういう若者たちの心情心理を分析したとして、この論文はかなり評判になった。

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source : 文藝春秋 2019年3月号

genre : ニュース 社会