新型コロナウイルスの感染拡大によって、自宅での看取りを検討する人が増えているのは、なぜなのだろうか。『手の倫理』を上梓した美学者の伊藤亜紗さんが考える、「触覚」の価値とは。
【選んだニュース】コロナで増える「自宅で看取り」 病院など面会制限 “人の最期”どう迎える(9月29日、毎日新聞/筆者=大島祥平)
伊藤亜紗さん
新型コロナウイルスの感染拡大以降、家族を自宅で看取る方法を検討する人が増えたという。日本看取り士会の柴田久美子会長によると、同会への相談は昨年の約4倍に増えているそうだ。
もちろん以前から、病院ではなく自宅で最期を迎えたいと考える人は多かった。厚生労働省のアンケート調査によれば、実に7割以上がそう望んでいたという。しかし実際に実現できたのは1割ほどだった。直接的には、地域医療やホームヘルパーなど、それを支える体制が十分に整っていないことが原因だろう。
しかし問い合わせが増えたということは、コロナによって人々の「本気度」が変わったことを示している。いちど病院に入ってしまうと、最期まで、場合によっては荼毘に付されるまで、家族と会えなくなってしまうのではないか。ステイホーム期間中にテレビが頻繁に伝えていた、スマートフォン越しの「別れ」の光景。院内感染が危惧されるなかでの苦肉の策であったとはいえ、あの光景は多くの人に「死ぬとはどういうことか」についての再考を促したに違いない。
毎日新聞の記事「コロナで増える『自宅で看取り』」で興味深いなと思ったのは、死の再考が触覚の回復と結びついていることである。紹介されているのは、今年の6月に89歳の母を自宅で看取った愛知県内の女性のケース。彼女が行ったのは、とにかく「母の体をさする」ことだったそうだ。寝ていることが多かった母だが、体をさすってあげると気持ちよさそうにした。最期の瞬間も、触覚的な結びつきの中で訪れたという。昼すぎ、「私とめいが体をさすっている中で、静かに逝きました」。
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source : 文藝春秋 2020年12月号