「いつ頃生まれますか?」
園長の自宅前に記者が張り込むことなど、パンダ以外にありえません。以前は、誕生直前、スクープを狙おうと私の家の前にも記者が立つことがありました。でもシャンシャン誕生当日、私は中国の成都に出張中で、記者に囲まれることはありませんでした。
忘れもしない2017年6月12日、電話口から聞こえたのは、「無事、生まれました!」という弾んだ声。上野に、5年ぶりにパンダの小さな命が誕生したという報せでした。この時、私はすでに動物園を退職していましたが、4カ月前に園長としてリーリーとシンシンの交尾をそばで見届けていただけに喜びはひとしおでした。
ことの起こりはその年の2月、ある女性職員が私のもとへやってきて、「そろそろかもしれません」と耳打ちしたこと。彼女に連れられ、パンダ舎へ行くと、そこにはパンダ班の飼育員たちが勢揃いしています。上から放飼場を見ることのできるキャットウォークとパンダ舎の中とで無線を使って密に連絡を取り合い、交尾のタイミングを見計らっていたのです。
私は、裏手の柵のすき間から2頭を見守りました。慎重に、2頭を仕切る何枚かの扉を交互に開けていきます。こうして互いの距離を少しずつ縮めていくと、頻繁な鳴き交わしがみられました。あとはただ“その時”を待つ。班長が長いさおでシンシンのお尻をつつくと、彼女が尾を上げました。交尾を受け入れるという合図。「今だ」。無事4年ぶりの交尾が確認され、妊娠に漕ぎつけたのでした。
この2頭の間には、5年前に一度赤ちゃんパンダが生まれているため相性は申し分ない。もちろん、妊娠の兆候を見せながらも実際は異なる「偽妊娠」という現象もあるため油断はできませんでしたが、今回の出産に関して、私は何も心配していませんでした。とはいえ、私の「絶対に大丈夫」を、誰も信じてくれませんでした。
というのもパンダは、他の動物に比べ飼育は特に難しくないものの、繁殖が至難の業。雌は1年に一度、それもほんの数日しか発情のピークがありません。さらに、上野にはひと番(つがい)しかいない。けんかをすれば、2度と交尾をしなくなる恐れがあるため、みなが神経を使っていたのです。
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source : 文藝春秋 2021年1月号