職業はドイツ人、と自らの売り文句を設定すると、自動的にいろいろな局面で「ドイツ代表」的なポジションを与えられる。そこで重要となってくるのは、ドイツについて相手が持っているイメージの是認と否定、その双方を的確にこなすことだ。
これについては、ドイツおよびドイツ人の実情を踏まえて是々非々で誠実に応えれば、顧客も自然に満足してくれるだろう、と当初思っていたけど、現実はそう単純でない。なぜかといえば往々にして、顧客が私に求めるのは実情レポート的知識ではなく、自らの脳内にあるドイツについての解釈やイメージの補強であるからだ。自らの「脳内ドイツ」にお墨付きを貰おうとする、という表現も可能だろう。
脳内ドイツ! いうまでもなく他の国に対しても同様だが、とにかくこの脳内シリーズは厄介であると同時に、比較文化趣味業界を動かすエネルギーでもあったりして、決して無下にはできない。とはいえ、ウソで相手をぬか喜びさせるのもよろしくない。
これにどう対応するかといえば、結局もっとも効果的なのは「相手の文脈を上回ること」である。そう、知識量や勢いや話術ではなく、文脈で上回ることが重要だ。
たとえばよくある戦後ドイツ批判のパターンに、「ドイツはナチ時代の所業を反省したとか言ってるけどアレはウソだ。ドイツ人は自分の悪事の責任を全部ナチという政体に押し付け、自分をそこと切り離して善人ぶってるだけだ」というのがある。
それに対する私の返答はこうだ。「戦後ドイツのモラル主張は極めて戦略的だ。ついでにいえば、反省するよりも反省しているっぽさを見せつけるのが、そもそも外交というものだ。そして、おおかたは国家のサバイバルにとって必要だからやっている。であればこそ、アメリカや中国やロシアを相手にモノを言えるのだ。ドイツの教養層は基本的にそういうパワーゲーム的な原理を理解している。ただ、立場的なお上品さを重視するために敢えて明言しないのだ」と。
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source : 文藝春秋 2021年1月号