私は古代日本、いわゆる律令国家の官僚制を研究してきた。律令国家は天皇を頂点とする専制君主国家。当時の官僚は現代とは全く異なる。
何といっても専制君主を戴く官僚たちだ。鉄の規律、絶対的君主への忠誠。勤勉で忠良な彼らの姿を思い浮かべる人も多いだろう。研究者の抱くイメージもそんなにひどくかけ離れてはいない。私もかつてはそうだった。
しかし、それはとんでもない誤解である。拙著『古代日本の官僚−天皇に仕えた怠惰な面々』からいくつか実例を紹介しよう。
元日早朝、全官僚が朝庭内に整列し、天皇に拝礼して慶賀する。朝賀という重要儀式だ。一般参賀同様、当時の官僚たちもさぞや晴れがましかっただろうと思いきや、平安時代初め、官僚たちは大挙してこの儀式をサボっていた。
任官のための儀式。これには内定者は必ず出席して、天皇の御前で名前を呼ばれ、「オウ」と答えなければいけない。官僚にとって、出世のためには大切な儀式だ。ところが、奈良時代後半、やはり無断欠席者が大勢いたのである。
古代の官僚たちがサボったのは儀式だけではない。
奈良時代前半、聖武天皇の世。ある日、都の空に稲妻が走った。雷も恐ろしい天変だ。こんな時、天皇の身近に仕える侍従や内舎人(うどねり)を務める若い官僚たちは、何はさておき天皇を守らなければならない。ところが、誰も来ない。呆れたことに、みんなで宮中を抜け出し、郊外で打毬(だきゅう)(日本版のポロ)に興じていたというのだ。立派な職場放棄、職務放棄だが、この時が初めてではあるまい。
職務上の怠慢としかいいようのない事例もある。天皇のもとには、太政官(最高中枢官庁)から決裁や許可を求める奏紙が上がってくる。桓武天皇の長岡京時代、紙漉きの工程に何か問題があったのか、この奏紙がひどく臭った。毎度嗅がされる天皇はたまらない。むろん、太政官の担当者も気づいている。気づきながら、委細かまわず天皇に上げ続けているのだ。見事なまでの無神経さ。怠慢の極みである。
この他にも、遅刻・詐病・無断欠勤など。どれも、むしろ、ありふれた光景だった。古代官僚の怠慢ぶりは私たちの想像をはるかに超えている。
しかし、真に驚くべきは、彼らに対する専制君主国家の対応である。信じられないくらい緩い。緩すぎるのだ。
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source : 文藝春秋 2021年8月号