「カーナビ、スマホは使わない」

有働由美子のマイフェアパーソン 第37回

角幡 唯介 ノンフィクション作家・探検家
エンタメ 芸能 ライフスタイル
news zeroメインキャスターの有働さんが“時代を作った人たち”の本音に迫る対談企画「有働由美子のマイフェアパーソン」。今回のゲストは、探検家の角幡唯介さんです。
画像3
 
角幡さんと有働さん

犬ぞりの旅で芽生えた心境の変化

 有働 新著『狩りの思考法』(清水弘文堂書房)を読ませていただきましたが、自分の価値観をえぐられるような、すごい読書体験でした。

 角幡 ありがとうございます。

 有働 角幡さんは1年の半分はグリーンランド最北の村シオラパルクが拠点でいらっしゃいます。犬ぞりで移動して狩猟する中で考えたことをこのご本にまとめられたのですよね。今冬に行くと8年目ですか。

 角幡 はい。5日後に行って参ります。

 有働 えっ、文春にいていいんですか!?

 角幡 前から決まっていたので(笑)。

 有働 ごめんなさい!

 角幡 いや、コロナの感染状況が悪化して行けなくなったら困るなと思って出発を早めたんですよ。

 有働 たしかに心配ですよね。飛行機でどこまで行けるんですか?

 角幡 シオラパルクまで空路です。まずデンマークのコペンハーゲンに飛んで、何回か乗り継ぎますけど。万一ウイルスを辺境の村に持ち込むとまずいので、途中で1週間くらい待機してから現地入りしようと思っています。

 有働 今回はどう動こうという予定は決めていらっしゃるんですか。

 角幡 できればカナダまで、結氷した海峡を犬ぞりで渡りたいと思っています。毎年通って土地に詳しくなると、どんどん上手に動けるようになってくる。獲物がどこにいるかが分かるようになったり、氷や雪の状態とか、犬ぞりでうまく移動できるルートを探せたり……。単純に楽しく続けていた結果、縄張りを広げるように、今まで行けなかった場所まで行けるようになってきました。

 有働 現地入りして、まず何をするんですか。

 角幡 3月下旬から5月下旬くらいが犬ぞりの旅行シーズンなので、それまでに準備を進めます。まずは犬の体づくりから始めないといけない。夏の間はただ繋がれて餌を食べているだけだから体がなまっているので、訓練します。同時に、僕の指示を聞くリーダー犬を予備で育成したり、そりや装備を作ったりと諸々の準備に2~3カ月かかるんです。

 有働 犬たちは半年ぶりに帰ってくる主人を覚えているものですか。

 角幡 それはもちろん。僕が主人だというのはチームの統一意思のような感じで、皆わかっていますね。

『狩りの思考法』
北極圏での狩猟体験を綴った

肩書は「極地旅行家」

 有働 角幡さんは北海道芦別市生まれで、朝日新聞で5年間勤めた後、探検家・作家になられたんですよね。『空白の5マイル』(集英社文庫)で、大宅壮一ノンフィクション賞などを受賞。犬1匹を連れて太陽の上らない極夜に北極圏を探検した記録『極夜行』は、先ごろ文庫化(文春文庫)されたばかりです。半年ごとに北極圏と日本を行き来する生活って、どういう感じですか。

 角幡 もう慣れちゃって、向こうの時間とこっちの時間が完全に分かれています。日本を離れてシオラパルクに着くと、前回シオラパルクを離れた時まで時計の針が巻き戻る。日本に帰ってきたら、不在の期間なく、出発した時点に戻る感覚です。

 有働 どっちもスッと繋がるんですか。リハビリ期間はない?

 角幡 そうですね、ごく自然に。ただ、うちの奥さんは子どもと2人の生活に慣れたところで僕が帰ってくるから、数日間は戸惑っていますね。

 有働 後でじっくり伺いますが、探検家の妻になろうという奥様、すごい! 私は探検と冒険の違いもよくわからなくて。角幡さんの肩書は探検家でいいんですよね?

 角幡 はい。自分にとっては「極地旅行家」という名称が1番しっくり来るんですが、他者には何のことかさっぱり伝わらないと思うので、探検家と名乗っています。

 有働 極地へ行くのはもう探検ではなく旅行になったのですか。

 角幡 「旅行」とはいわゆる観光旅行ではなく、旅、冒険、探検などを含めた移動行為を指します。日本の探検の総本山は京都大学なんですけど、京大山岳部は戦前、旅行部という名称だったんです。旅行部で中国東北部へ探検に行ったり、朝鮮半島の最高峰に登ったりしていたんですね。それが戦後になって山岳部と探検部に分かれるのですが、僕はその「旅行」という言葉が、大陸的なロマンを感じられて好きなんです。

 有働 私にとっての旅行は、先にリサーチをして「この日程ならここを回れるな」という予定を立ててクリアしていくものですけど、全然違う意味合いですね。

 角幡 そうですね。ホモサピエンスがアフリカ大陸から拡散して全地球上へ広がっていくのが、僕にとっての旅行のイメージです。

テクノロジーに抗う

 有働 いま急に思い出しましたけど、昔、仲が良かった男子の先輩が京大探検部だったんです。一度2人で“京都デート”をしたんですが、それがただ歩いて気になったところへ向かうというものでした。私は目的地を決めて、その途中でお団子を食べたいとか思い描いていたから「探検部マジめんどくせー!」という思い出になりました(笑)。角幡さんのデートもそんな感じですか?

 角幡 僕もあまり予定を決めずにフラフラ歩いて、食事も見つけたところで「ここ入ろうか」という感じです。でも、今はそういう行動は世間の同意が得られないのでやりにくくなっちゃいましたよね。自分一人でやる分には構わないんですけど。

 有働 失敗したくない、損したくないとの思いが歳を重ねるごとに強くなります。店選びも先にネット検索するとか。そういう感覚はないですか。

 角幡 いや、ありますよ。人間には古来、失敗したくないという思いがあったからこそ、これだけ情報メディアを発達させて、損をしないですむシステム作りを進めたと思うんです。でも失敗することがなくなったことが、逆につまらなさの原因になっている気がします。飲食店を選ぶにしても、自分で確かめて「こんなにおいしい店だったのか」「こんなにまずい店だったのか」といった“発見”が減ったというか。

 有働 ネットありきの生活行動になって効率を極めていくと、人はどうなるんでしょうね。

 角幡 人間は動かなくてよくなるかもしれないですね。料理はオート機能で勝手にやってくれるとか。でも僕の性格上、火力ひとつとっても自分の思い通りにできないことにストレスを感じてしまう。車の運転にしても、カーナビに指示されるのが嫌で。音声指示が曖昧で「どの道へ曲がりゃいいんだよ」とか悪態をついてしまう。

 有働 わかります。

 角幡 自分の判断じゃなく他人の判断に従ったせいでミスをすることがあるのがカーナビですよね。あれにイライラしてキレそうになる。

 有働 ナビとケンカするという。

 角幡 そうそう。だからナビは絶対使いません。自分で考えて、それで失敗したらまだ納得できるから。

 有働 たしかに。

 角幡 僕は可能な限り、自分の行動や判断をたよりに生きたい。だから携帯電話もガラケーで踏みとどまって、テクノロジーに自分の行動や判断を明け渡さないようにしています。でも、周りは皆明け渡しているから、ただのピエロになることが多いですね。

北極圏で“自粛警察”を知る

 有働 先日友人が話していたんですけど、ある人がスマホを忘れたことに出先で気づいて、パニックで過呼吸になって倒れちゃったというんです。自分はそこまでではないなと思いながらも、スマホを忘れると不安にはなります。

 角幡 有働さんも?

 有働 なりますね。ニュース番組をやっているので、情報収集合戦における武器を取られたような気持ちになります。でも、30分や1時間でスマホを見たくて見たくて仕方なくなるとは、スマホにがんじがらめになっているな、と思います。

 角幡 僕は逆に、たとえば犬ぞりの旅からシオラパルクに戻って、インターネットでニュースなどを見ると、ドッと疲れます。

 有働 むしろそっちが疲れる?

 角幡 あまりに情報が多すぎて。特に一昨年、コロナ禍に入って最初の緊急事態宣言の時期、僕は犬ぞりの旅に出ていたんです。村に戻って奥さんと電話したら、自粛警察がどうとかそういう話を聞いてビックリしたわけです。それでネットで日本のニュースを検索したら、殺伐とした雰囲気が伝わってきて、帰国するのが憂鬱になりましたよ。

 有働 たしかにインターネットから得る情報って、どんなに慣れていても疲れる部分はあります。ただ、探検では情報がないと死ぬこともあるし、自分で情報を掴みにいかないといけないからもっと疲れそう。

 角幡 いやいや、それはすごく楽しいです。自然状況を読み解いて生き延びるのは身体を使ったパズルのようで、うまく行動できたらある種の快感が生まれます。もちろん嵐のような状況に巻き込まれれば疲れますけど、情報疲れみたいなものは感じません。

 有働 疲れるより、楽しい?

 角幡 そうですね。自分の外の情報を読み解いて、自分の力で自分の行動を作り、たとえば登山だったら登山というものを完成させる。一つの行動作品を作り上げていくのは楽しいですよ。

 有働 それと同じようなことを、戦闘もののゲームをする人から聞いたことがあります。

 角幡 ああ、ゲームに近いと思いますね。ゲームはバーチャルですけど、探検は自分の体を使い、かつ自分の命がかかっている環境で自然が提供してくれる情報をうまく見つけて、行動を組み立てる。ゲーム性が高いですよね。

 有働 命をかけたゲームですね。

 角幡 そこが面白いわけですよ。いい加減な気持ちだと危険にさらされるから、没頭できるんです。

「ナルホイヤ」とは?

 有働 『狩りの思考法』には、イヌイットの「ナルホイヤ」という印象的な言葉がありました。直訳すれば「わからない」という意味ですが、目の前の現実に没入するイヌイットの哲学が表れた言葉で、はっとさせられました。でも一方で、イヌイットは自殺率が高いんですよね? 目の前の現実をしっかり見ていたら自殺に思い至らへんやん、とも感じたのですが。

 角幡 正直言って僕にもよくわかりません。一般的には夜の期間が長いからだと言われるのですが、それよりも死生観が我々日本人と違う気がしますけどね。なんというか、死が生と地続きにあるような……。狩猟社会ですから日常的に動物を殺している。それに20世紀半ばくらいまで、大量餓死が起きることもありました。生と死の境界線が薄い気がします。

 有働 強い覚悟をもって自ら生を終わらせるというよりは……。

 角幡 フッと逝ってしまう人が多いような感じはしますね。

有料会員になると、この記事の続きをお読みいただけます。

記事もオンライン番組もすべて見放題
初月300円で今すぐ新規登録!

初回登録は初月300円

月額プラン

1ヶ月更新

1,200円/月

初回登録は初月300円
※2カ月目以降は通常価格で自動更新となります。

年額プラン

10,800円一括払い・1年更新

900円/月

1年分一括のお支払いとなります。
※トートバッグ付き

電子版+雑誌プラン

12,000円一括払い・1年更新

1,000円/月

※1年分一括のお支払いとなります
※トートバッグ付き
雑誌プランについて詳しく見る

有料会員になると…

日本を代表する各界の著名人がホンネを語る
創刊100年の雑誌「文藝春秋」の全記事、全オンライン番組が見放題!

  • 最新記事が発売前に読める
  • 毎月10本配信のオンライン番組が視聴可能
  • 編集長による記事解説ニュースレターを配信
  • 過去10年6,000本以上の記事アーカイブが読み放題
  • 電子版オリジナル記事が読める
有料会員についてもっと詳しく見る

source : 文藝春秋 2022年2月号

genre : エンタメ 芸能 ライフスタイル