本がぎっしり並ぶ書棚を1枚の写真として撮るのではなく、棚を1つずつ撮ってそれを組み上げる。すると棚に収まる本の背表紙がすべて読み取れる写真となる。
著述家の書棚を撮影テーマの1つにしている私が、立花さんの書棚を撮る機会にめぐまれたのは2010年の秋。ただし所有する「すべての書棚を撮る」という条件つきであった。こうして立花さんの仕事場兼書庫の、地上4階、地下2階、屋上に建屋が増築された本の砦、通称「ネコビル」に通うこととなった。
立花さんは夜に執筆することが多かったから、週に3回多いときには5回、早朝に伺い夕方には終えるという撮影を1年半つづけた。こうして立花さんの書棚は7222枚の写真に分割された。それをもう1度書棚の形に組み上げる。それにはもう1年かかったのだが、その写真は立花さんの文章と共に『立花隆の書棚』という本になった。
新宿の雑踏で落とし、とうになくしたと思っていた愛着のあるペンが、偶然にも自分が撮った写真に写りこんでいたことがある。写真というメディアは不思議なもので、時に忘れていた想い出や思いがけないものを写し出すことがある。
本の刊行に先立ち、2012年の終わりに写真展「立花隆の書棚」を開催した。だれよりも早く来場した立花さんは大判の写真を神妙な面持ちでのぞき込んでいた。するとおもむろに振り向いて、「なんだ、この本さがしていたんだよ。こんなところにあったのか」と指でポンポンと写真をたたきながら嬉しそうに言ったのを思い出す。迂闊にもその時、本の題名を私は聞き忘れた。それは立花さんが自分の大切な本を写真の中に見つけたことがうれしくて、と同時に書棚の写真を認めてくれたことに舞い上がっていたからだ。
立花さんは撮影当初あまり乗り気ではなかった。すさまじい読書量の立花さんの書棚の本は、常に生き物のように流動しており、静的にある時点の様子を切り取る写真には意味がないと言っていた。それと「すべてを撮る」という条件には強くこだわっていた。
ネコビルには書棚のみならず机の上にもベッドにも本が所狭しと積みあがっている。加えてテーマごとの資料や参考文献が詰め込まれた段ボールがゴロゴロ転がっている。あるとき「これは撮らないの」と段ボールを指さして言われた。まずは書棚を撮りますと言ったが、「ここにある(本)だけじゃないから」と不満げに言われたのを覚えている。
だが『立花隆の書棚』が仕上がった時には、自分のメイキングオブが見えてくる、自分の頭のなかをのぞかれているようだと感想をくださった。そして自身の書棚を見やる体験を「(書棚に納まる)それらの本の背中をみただけで、その本を買って読んだ時期の思い出が次々によみがえってくる。自分の怒りや苦悩が、本とともにあったことを思い出す」とも言ってくださったのだ。
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source : 文藝春秋 2022年4月号