前田会長よ、NHKを壊すな

紅白打ち切りも

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強引な左遷、露骨な番組介入──ついに職員が立ち上がった。

「改革のための改革」

 NHKはかつてない危機に瀕しています。私たち職員は、以前のような取材や番組制作への意欲を持つことができない状況に追い込まれ、人心は荒廃し、職場には重苦しい雰囲気が漂っています。

 それは前田晃伸会長(77)による、あまりに強権的で杜撰な改革が次々と断行されているからです。前田会長は2020年1月の就任以来、「スリムで強靱なNHK」をキーワードに改革を進めてきました。その対象は組織、人事制度、番組内容にまで及びます。

 もちろん私たちも改革をすべて否定するわけではありません。視聴者からNHKの経営姿勢に厳しい視線が注がれているのは承知しております。しかし、前田会長が手掛ける改革案は、NHKの将来を考えたとは言い難く、「良い番組を作ろう」と高い志を持つ職員の心を、平然と踏みにじるかのような内容ばかりです。3年という任期の間に、自分の爪痕を残したくて「改革のための改革」を行っているのが実情です。

 ともに仕事をしてきた私たちの仲間は次々とNHKを辞めています。例えば、ついこの前も将来を嘱望されていた女性記者が、今の状況に嫌気がさしてヤフーに転職してしまいました。ネット業界に移ったり、商社や不動産など異業種に飛び込んだり。休職して、その間に勉強し、大学の研究職を目指す人もいる。前田会長のもとではもはやこの先の未来が描けないと、NHKに見切りをつけているのです。

 お気づきの視聴者の方も多いと思いますが、前田会長時代になってから、「ガッテン!」や「バラエティー生活笑百科」など、長寿番組が突然、打ち切りとなり、かつての焼き直しのような空疎な内容のものが散見されるようになっています。

 また報道に関しても、後述しますが、誤報やお詫び訂正の数は圧倒的に増えました。貴重な人材を次々とリストラし、強引なコストカットばかり進めているため、番組の質が下がるのも当然のことです。

 私たちは、NHKとは受信料で成り立つ、国民にとっての共有財産であると信じています。公共放送であるNHKは、決して国のものではなく、職員、ましてや前田会長の所有物でもありません。このまま前田会長が身勝手な改革を進めれば、NHKは必ず崩壊する。それは国民にとっての大きな損失を意味します。

 我々は、十数名からなる職員有志です。年齢は30代から50代後半で、所属は番組制作局、報道局など多岐にわたり、全国各地の地方局で勤務する職員も複数います。

 このままNHKの現状を、指を咥えて見ているわけにはいかない。そこで誌面を通じて、前田会長の改革のどこが問題なのか、職員たちはどのような状況に陥っているのか、申し上げたいと思います。

前田晃伸会長
 
前田晃伸会長

「バットを振り回す」動画

 前田会長が就任してから、定期的に全職員に向けて、改革案や今後の方針を述べる動画が配信されるようになりました。時には60枚以上もの資料が添付されたメールが送られてくることもあります。

 最初の頃の映像を見た時の衝撃は今も忘れられません。

 画面に登場した前田会長は、聞き手の桑子真帆アナを相手にブンブンと野球バットを振り回しながら登場したのです。おそらく改革の意欲を高らかに宣言したかったのでしょうが、職員からは大顰蹙です。さすがに上層部も問題と思ったのか、後日、別の動画に差し替えられていました。

 就任会見では「NHKグループで働くすべての人が、健康で、誇りを持って、生き生きと働くことができる環境づくりを進めてまいります」と述べていた前田会長ですが、実態はその真逆です。強権的な体質が剥き出しになり、職員が萎縮するまでに時間はかかりませんでした。

 具体的な事例は枚挙に暇がありません。たとえば露骨な人事介入があります。プロデューサー上がりの前理事が前田会長の「職種別採用を廃止する」という人事案を目にして、「職域を外したら人が育たない」と苦言を呈すと、途端に次の人事で大阪放送局担当に異動になりました。実質的な左遷です。

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「改革マインドがないのか」

 昨年の秋には、「全国局長会議」で、ある拠点局の局長に向かって、前田会長が「番組を全部変えろ」と檄を飛ばしたところ、その局長は「人気がある番組で、時間をかけて制作しているのでそうはいきません」と意見した。すると前田会長は、「出直してこい! お前には改革マインドがないのか!」とみんなの前でその局長を面罵したそうです。

 こうした出来事が重なるうちに、「次は自分が左遷される」「怒鳴られる」との恐怖心が広がり、理事や局長たちですら、前田会長に何も物が言えなくなった。ましてや私たちのような現場の職員が「生き生きと働く」など、できるはずもない。

 中には会長室の前に出待ちして、前田会長が出てくるなり、「私たちが会長のアイデアを形にしました」などと媚びを売り、見返りにポストを得ている理事もいる。彼らは元々、社会部長や人事局長を務めていました。

 会長の周囲にはゴマすりを得意とする連中が集まり、彼らは「会長の改革は世間から評判です」などと、耳触りのいい報告しか上げない。いまや前田会長は裸の王様になり果てています。

 前田会長の改革の肝は縦割り制度の打破と、新たな人事制度の構築です。現に会長本人が「強すぎる縦割り、年功序列がやる気を奪う」と語り、昨年11月に全職員に送ったメールでは〈人事異動の最終判断は、NHKグループ全体を俯瞰した視点で、私が適材適所の人事を行います〉と宣言しました。しかし、この改革が現場に大混乱を招いています。

 実は昨年、報道局の政治部、社会部、経済部、国際部を全部潰して、統合する改革案を実行する予定でした。これも前田会長の発案です。その日のニュースを監督するデスクを5人決めて、当番制で回す。政治部や社会部の垣根はなく、例えば政治部のデスクが担当外の殺人事件の記事をチェックしたり、国際部のデスクが国会の記事を担当する事態が起きます。

 土台無謀な話で、誤報が増える原因になりますし、何より指揮命令系統が滅茶苦茶になってしまう。現場からは猛烈な反発がありました。

 結果、この案は一旦保留になっていますが、一方でニュースセンター内の部署ごとの区画をブルドーザーのように、すべて取っ払って一緒くたにする工事がこの4月から始まりました。みんな自分のデスクがあっちこっちに移動して、仕事に支障をきたすと嘆いています。

「字幕問題」の顛末

 組織の部門同士の垣根だけでなく、職員同士の垣根すらもどんどん崩していくのが前田会長の改革です。

 その最たる例が、職員採用における「放送」「技術」「管理」の職種別採用の廃止です。ジョブトライアルといって、新人が入局した後は、地方の拠点局で自分が希望する職種以外の部署も順次、経験していく仕組みが導入されました。記者を志望しても経理部に配属されたり、アナウンサーを希望してもディレクターになってしまう。新人たちは「いつまで経っても自分の希望する職に就けない」と展望が抱けなくなり、地方では休職や退職する者が増えている。

 さらに「放送」職では記者、ディレクター、アナウンサーと、職種が分かれていましたが、これらもすべて一緒くたにして「コンテンツクリエイター(CC)」という呼称にしてしまいました。記者がディレクターの仕事をしたり、アナウンサーが記者の仕事をしたりするわけです。

 NHKは長い年月をかけて職種別の人材育成システムを構築してきた歴史があります。番組制作には、高い専門性と高度なスキルが求められ、私たち職員は専門知識を活かし、お金と時間をかけて、テーマを深く掘り下げた番組制作をしてきた。それこそが民放には真似できないNHKの存在価値だという自負がありました。

 しかし、前田会長は「職種別の採用が、NHKの硬直化を生み出してきた」「ジェネラリストを養うことが大事」と主張し、改革を断行。前述したように抵抗する理事もいましたが、聞く耳を持たない。

 実際に、こうした縦割り打破の弊害は、すでに目に見える形で現れています。大阪放送局では、前田会長の意向を汲んで、いちはやくディレクターの一体運用を進めていました。以前は文化番組部、芸能番組部、報道番組部の3つにディレクターのセクションが分かれていたのが、1つに統合して、「コンテンツセンター」というものを作った。

 昨年末にBS1で放送されたドキュメンタリー番組「河瀨直美が見つめた東京五輪」では、一般の男性を映した際に、「お金を受け取って、五輪反対デモに参加した」という事実無根の字幕を表示し、「捏造番組だ」と世間から批判を受けましたが、この番組を制作したのが、他ならぬ「コンテンツセンター」。前田会長の改革案が実践された矢先の不祥事です。

 すべてのディレクターを「コンテンツセンター」に入れてしまうことで、誰が何を専門とするディレクターなのかが分からなくなり、責任の所在も曖昧になることが危惧されていました。

 案の定、その不安は的中します。国会で字幕問題について「担当したのは報道局の人間なのか番組制作局の人間なのか」と質問された正籬聡副会長は「大阪放送局のコンテンツセンター第3部でして、報道局でも番制局でもありません」というNHK関係者以外には通じない答弁をして、無用な混乱を招いていました。

 職員の昇進・昇格のプロセスも大幅に変更されました。職員の階級を「TM(トップマネジメント職群)」「M(マネジメント職群)」「Q(品質・業務管理職群)」「P(専門職群)」と、馴染のない名前のグループに勝手に分けてしまった。さらに試験に合格さえすれば、自薦他薦を問わずに、どの職員もTMという局長階級に自由に立候補できるシステムを作ったのです。「次期トップマネジメント人材選抜プログラム」という仰々しい名前で、通称「TM試験」。3日間の研修プログラムや前田会長自身による面接を経て、今年3月には女性2人を含む十数名が合格しました。平均年齢は44歳、今の局長の平均年齢が55歳ですから、これまでより10歳も若い。

言うことを聞く人を重用

 若手登用といえば聞こえはいいですが、それほど単純な問題ではありません。TMには拠点局の局長なども含まれます。地方の拠点局の局長は、地元の商工団体や、議員たちと付き合って、地域交流を深める外回り的な仕事がメインになります。実際に局内の実務を担うのは放送部長や営業部長です。

 そのため拠点局の局長に求められるのは、年齢を重ね、地元の大物にも怯まず関係を築ける、人生経験豊富な職員です。局内では、「いきなり40代の若手が局長になっても、地元の人たちから舐められるだけだ」と不満の声が上がっています。

 さらに問題なのが、この昇格試験で登用された人の多くが、実績のない職員だったことです。過去にスキャンダルを起こした職員や、誤報を打った記者などが数多く立候補しています。一方で経済部長などは選外となっていた。こうした偏った人事は、前田会長がそれらの職員の面接を一手に引き受けて、メディアについては素人の彼が、独断で選別していることが原因です。

 前田会長の改革案には、銀行のような合理的な人事制度を導入する意図がある、とよく指摘されます。しかし、結果を見ていると、それだけでは説明がつかない思惑が透けて見える。前田会長は、他の職員には絶対に権力を持たせないようにして、実力者をふるい落とし、目立った実績がなく、自分の言うことを聞く人間だけを重用しているのです。

 4月12日に発表された役員人事でもその思惑が如実に表れていました。〈女性の積極的な登用を意識し、女性役員が初めて3名となる〉〈多様性・ダイバーシティをより反映した役員構成〉などと、会長自身が人選の理由を説明していましたが、番組制作の経験がほとんどない人間に放送総局長の仕事を任せたり、自分の言いなりになる社会部出身者ばかりで周りを固めるなど、明らかに偏った人事でした。

「多様性」がもはや詭弁にしか思えないほど、極めて没個性的な役員が、彼の周りで生き残っている。役員発表の数日後には、幹部に一斉メールで、役員人事を批判する怪文書がばら撒かれるなど、荒れ放題の事態になっているようです。

岸田総理も怒り心頭

「権力を持った政権が報道機関からチェックされるのは当たり前。きちっとした距離を保つ。どこかの政権とべったりということはないし、その気もない」

 これは、2019年12月の会見での前田会長の発言です。当時は安倍政権でしたが、政治に屈せず、中立公平を謳っていた。NHKでは、過去に政権による露骨な番組介入が度々起きていたので、前田会長のこの発言は、自らが盾になり、政治から現場を守ってくれることを、期待させるものでした。

 しかし、それはあっけなく裏切られた。むしろ前田会長になってからは、以前にも増してやすやすと政治介入を許すようになり、現場に混乱を招く事態が頻発しているのです。

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source : 文藝春秋 2022年6月号

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