『幕末太陽傳』との共演

巻頭随筆

立川 談笑 落語家
ニュース 社会

「すべての日本映画の中で一番好きな作品は?」というオールタイムベストの上位に常にランクインするのが川島雄三監督『幕末太陽傳』だ。公開は70年近く前だがその魅力は決して色褪せることはない。時代を超えた名作だ。

 このほど、この心底大好きな作品と共演する機会を得た。「落語が映画と共演?」そう。まさに夢のような体験だった。

「映画の後に、スクリーンの前で落語を一席やって頂くことは可能でしょうか」

 電話をくれたのは老舗の名画座早稲田松竹。おお、昔からお世話になっている映画館じゃないか。観られる側に回るとは面白いと一も二もなく引き受けた。

 そしてその作品が『幕末太陽傳』と聞いた時の驚きと喜びときたら。大好きな映画! 大好きな川島雄三監督!

 1957年公開の『幕末太陽傳』は幕末の品川遊郭を舞台にした青春群像喜劇だ。主役は口八丁手八丁ですべてに如才のない男、佐平次。

 まずはあらすじ。品川の女郎屋で豪遊のあげく宿泊した佐平次は翌朝金がないのが露見してあんどん部屋に閉じ込められてしまう。身柄を拘束された佐平次は意気消沈するどころか持ち前のバイタリティーを発揮して自由にしたたかに生き抜いてゆく……。

 喜劇役者フランキー堺の出世作であり、前年に『太陽の季節』で大ブレイクした石原裕次郎は高杉晋作役で颯爽と登場する。元の脚本ではラストで江戸から現代につながるというメタな展開もあったのだが猛反対にあってボツになった、なんて裏話も私は大好きで……。いやいや、魅力はこんなもんじゃない。語りつくせるはずがない。

 随所に古典落語を織り交ぜてあるのも落語好きにはたまらない。「居残り佐平次」、「品川心中」、「お見立て」などなど。

 このたび私が演る落語は、もちろん映画の主人公が活躍する「居残り佐平次」だ。

 公演当日。早稲田松竹は見慣れた姿とは違ってすっかりきれいになっていた。おしゃれ。昭和を感じさせるひなびたモルタル建築はそこにはない。関係者に迎えられたのは明るいロビーだった。壁に並ぶ上演予定の映画ポスターは丁寧に額装され、解説記事まで添えてある。

 おお、川島監督のもうひとつの代表作『洲崎パラダイス 赤信号』のポスターを見つけた。今作と同じくかつて遊郭であった江東区洲崎弁天町(いまの東陽町)が舞台で、まさに私が幼時を過ごした街でもあるのだ。川島監督へのシンパシーを勝手に深くする部分でもある。

 映画館で落語を演るとき、まず音響が問題だ。新しめの施設になるほど壁が音を吸収する仕掛けになっていて、落語の時は雑音もろとも客の笑い声を吸ってしまうのだ。

 通常なら、笑いを重ねながら客席の雰囲気を温めて気分を上げていく。これが音を吸う映画館ではいくら笑っても完全な静寂に戻る。落語家にとって地獄の空間だ。この点、早稲田松竹は大丈夫だった。構造体は昔のままなのか。

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source : 文藝春秋 2022年11月号

genre : ニュース 社会