「慰安婦大誤報」 日本の危機を回避するための提言 朝日新聞の“告白”を越えて

総力特集 新聞、テレビの断末魔

塩野 七生 作家・在イタリア
ニュース 社会 国際 韓国・北朝鮮
朝日新聞の検証記事 

 八月五日に新聞の二面すべてを使って掲載された朝日の記事、「慰安婦問題 どう伝えたか 読者の疑問に答えます」を一読して最初に浮んできた想いは、「暗澹(あんたん)」であった。これには現代日本の病理が凝縮されている、と感じたからである。

 第一に、この程度の、お粗末としか言いようのない検証、いや検証どころか簡単な裏付けさえも充分でない情報を基(もと)にして記事を書き、しかもそれが二十年という長期にわたって、日本のクオリティ・ペーパーと自他ともに認める朝日新聞の報道の支柱を成してきたという、日本人ならば笑うにも笑えない悲しい事実。

 第二は、この程度のお粗末な報道にもかかわらず、自分たちのほうでも独自にその真偽を検証し直す作業を怠ったばかりか、この報道に火を点けられて広がった他国での反日気運の高まりを眼にして動転し、自分たちの行為が以後の日本にどれほどの悪弊をもたらすかも考慮せずに突走った、これまたお粗末としか言いようのない日本政府の対応の数々。

 そして最後は、権力についてはくり返し批判するのに権威にはすこぶる弱い、われわれ日本人の性向である。あの朝日が書いていることだからと疑いもせずに、二十年にもわたって朝日新聞を購読してきたのだから。

朝日の“告白”は絶好のチャンスになる

 朝日が最重要視していたいわゆる「吉田証言」の真偽の不確実性が朝日側にさえも判明したのは、一九九七年であった。今年は二〇一四年。その今年になって、「その後、朝日新聞は吉田氏を取り上げていない」と書くまでに、なんと十七年が過ぎている。もしも一九九七年の直後から朝日新聞の購読者数が激減していたとしたら、いかに朝日でも十七年もの間頬(ほお)かむりすることはできなかったろう。新聞社は巨大組織である。大勢の社員の生活がかかっていると思えば、経済上の問題でも無視は許されない。私もその一人である朝日新聞の読者は、購読を止めなかったという一事のみでも、朝日の報道姿勢を座視してきたことになる。たとえわれわれの多くは他に仕事を持ち、一新聞の一報道記事に敏感に反応するには精神的にも時間的にも余裕がなかった、としてもである。

 ならば、八月五日の朝日の“告白”を読んで暗澹たる想いになっただけかと問われれば、いやそうでもなかったと答えるだろう。

 私には、ことが起った場合に犯人をしつこく糾弾したり彼らに謝罪を求めつづけるということに、さしたる興味が持てないのである。それよりも、これによって生じた「マイナス」にどう対処すれば「プラス」に変えられるか、のほうに関心が向いてしまうのだ。慰安婦問題も、この方向で話を進めていきたい。

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source : 文藝春秋 2014年10月号

genre : ニュース 社会 国際 韓国・北朝鮮