阪急電鉄、宝塚歌劇団、東宝などを擁する阪急グループ(現・阪急阪神東宝グループ)を築いた実業家の小林一三(1873〜1957)。その実像を、東宝名誉会長を務めた孫の松岡功氏が語る。
私が子供の頃、家庭における小林は、ごく普通のお爺さんでした。
しかし私が高校生の時、こんな出来事がありました。
映画の試写会の券をたまたま知人から2枚貰い、妹を連れて行った時のこと。小林が後から試写室に入ってきて、私と視線が合うと、「なぜお前たちがここにいるのか?」と、硬い口調で問うたのです。私たちが小林の名前を使って潜り込んだとでも思ったのでしょう。その一言には、公私混同を厳しく戒める思いが込められているように感じられました。
私が大学を卒業して東宝に入ったのは、小林が亡くなった同じ年。その仕事ぶりを直接見ることはできませんでしたが、後に、小林の遺産の大きさを知りました。
小林は昭和26年、大争議の影響で低迷していた東宝の社長に復帰すると、「全国に映画館を100館建てよう」と提唱し、各都市の一等地に次々と映画館を建てました。その映画館を建て替える際、余っていた容積率を利用することで、東宝に大きな不動産事業収入をもたらすことになるのです。のちに映画人口の減少と共に映画館の数も減りましたが、東宝の映画館は残りました。小林が映画製作を優先していれば、今の東宝はなかったかもしれません。
大衆を相手に日銭商売をしていた小林の目は、つねに先を見ていました。昭和初期の不況時、阪急百貨店のレストランでライスだけを頼んでソースをかけて食べていたお客がいました。利益になりませんが、「将来、いいお客さんとして戻って来てくれるのだから」と、小林はそうしたお客も歓迎したそうです。
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source : 文藝春秋 2023年1月号