国立劇場の閉場を前に

巻頭随筆

六代目 竹本織太夫 人形浄瑠璃文楽 太夫
エンタメ 芸能

 皇居に程近い三宅坂を上ると、正倉院の校倉(あぜくら)造りを模した国立劇場が見えてきます。

 この国立劇場とは私が文楽協会の研究生として小学校四年生の頃より、もっといえば親族の舞台を観劇していた頃よりのご縁でございますが、都心でありながら落ち着いた趣で緑も多い。劇場が見えてくるといつも「立派やなあ」と感じています。

 昭和四十一年、日本の伝統芸能の保護、伝承のために造られた国立劇場が老朽化に伴い、文楽は今年九月の公演を最後に、整備期間を経て令和十一年に生まれ変わることが決まっています。

 ここにある大劇場や小劇場ではこれまで数多くの伝統芸能が上演されてきました。なかでも小劇場は文楽専用劇場として、太夫・三味線の演奏するところの「床(ゆか)」が設けられています。舞台に向かって右側の上手には小さな回り舞台があり、ぐるっと回って登場します。この床に、物語を語る太夫と三味線弾きが並びます。例えて言えば、文楽ファンであれば一生に一度は座って舞台に出てみたいような場所です。歌舞伎ファンであれば花道のスッポンと同じですし、宝塚ファンだったらあの大階段から下りてみたいとか。床は文楽ファンにとって憧れの象徴なのです。

六代目竹本織太夫

 私は子どもの時に祖父で三味線弾きである二世鶴澤道八の舞台を観て、隣にいる太夫さんに心奪われました。時に激しく時に哀しく情感溢れる語りで劇場全体を支配していた。それが衝撃的でかっこよかったんです。しばらくして太夫の道へ入りました。

 文楽は、太夫と三味線弾き、人形遣いの三業(さんぎょう)で織りなす舞台です。太夫は基本的に物語のト書きと全ての登場人物の詞(ことば)を一人で担っています。オペラでいうところのオーケストラ指揮者と歌手を兼ねた存在でもあるのです。だから太夫が良ければ人形は自然と遣える、つまり太夫と三味線がしっかりしていれば良い舞台になると昔よりいわれています。この三業がひとつになってこそ最高の総合舞台芸術となる。

 また劇場でマイクは使われません。演奏の残響を効果的に使って音を広げる劇場もありますが、例えば太夫の声で残響がありすぎるとワンワンと響いて聞き取りづらくなります。三味線の音も残響があり過ぎると自分の音と残響を錯覚することもあり邦楽ホールとしては演奏するものには邪魔になることがあります。

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source : 文藝春秋 2023年2月号

genre : エンタメ 芸能