町医者パラダイスは亡国の道

医療と教育を再生する

丸花 耕吉 憂国の文系官僚
ライフ 医療
医学部は人気が高い

 東大・京大の合格者ランキング上位校に異変が起きている。一言で言えば、成績の良い子が医学部に行きたがる。その結果、地方の大学の医学部への進学が増えているのだ。関西のある進学校では、卒業生の約半分、理系クラスでみれば7割超が医学部進学だという。

 教育熱心な親の目線で見れば当然だ。医者の給料は公定価格で守られ、子が食いっぱぐれることはない。あわよくば自分の老後の面倒も見てもらえる一石二鳥の合理的な選択だ。もちろん成績の良い子を医者にさせることが悪いわけではない。しかし、国の将来を考えると、果たしてそれで良いのだろうか。

 長らく我が国は科学技術立国を謳ってきた。資源に乏しい我が国にとって、唯一の生きる道だ。先月成立した国の補正予算でも、米中が競争する量子、AI、バイオ、宇宙開発といった分野の科学技術予算が大量に盛り込まれている。しかし問題は予算の額ではない。それを実践し、推進できる人材が育っていないのだ。かつては、数学ができる子は東大理一、京大理学部を目指した。先述の進学校でも、理系の優秀な卒業生の将来の志望はエンジニアだったそうだ。昭和の時代は、そういう人達が、戦後の復興、高度経済成長を支え、それが日本の国益に直結した。

 しかし昭和から平成に変わり、そうした人材は医学部を目指すようになった。そして令和になって、さらに加速している。彼らは、とりあえず医者になれれば良いので、大学を問わず医学部を目指すこととなる。

 地方の医学部に進学して医師免許をとることを自動車免許になぞらえ合宿免許と言う。自動車と同じで、医師資格自体はどの大学でとっても同じなので、例えば地元が大阪でも、京大や阪大が難しいと思えば、地方に向かう。そういう学生の多くは、医師資格をとれば大阪に戻ってしまう。これでは医者の数がいくら増えても、地方の医者が益々不足するのは自明の理だ。医学部のあり方として関係者がよく考えるべきテーマだ。

優秀な若者は科学者を目指せ

 話を戻そう。優秀な若者が医者になること自体は、何も悪いことではない。患者としても安心だし、医学分野に人材が集まり、日本が世界をリードできるのならば、それも一つの道だ。かつてワクチン技術は世界のトップだった。しかし、コロナ禍で明らかになったとおり日本はワクチン後進国になってしまった。創薬でも、日本の企業は世界のメガファーマに遠く及ばない。要は、これらの分野に優秀な人材が投入されていないのだ。医者になってもワクチンを開発するわけではない。人材が“町医者”的な世界に偏っているのだ。

 もちろん医学部を卒業し、いきなり町医者になる人が多いわけではない。まずは大病院で研修し、しばらくは勤務医として激務をこなす。しかし、その後も大病院で働き続ける人は少数。親の診療所を継いだり、自分で開業したりする人も多い。サラリーマンが、大企業を辞めて家業を継いだり起業することにも似ているが、医者の世界は、むしろその方がリスクが低い。難しい診療は少ないし、休日も多い。開業医の平均年収は3000万円、勤務医のざっと倍だ。医者の不足に悩む地方自治体が医者を雇うと、卒業したての20代半ばでも県知事の給与を上回るという。

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source : 文藝春秋 2023年2月号

genre : ライフ 医療