思い返せば、図書館や図書室によくいる子供だった。無限の知識と知らない世界が広がっている気がして、とてもワクワクする。夏休みは、開館時間に合わせて図書館へ向かう。我が家にはエアコンが無い。毎日家に居る父親が、外で遊んで来いとうるさかった。涼しいし、本も読める。楽園だった。
なぜ本を読み始めたのか。これは家庭環境が大きく影響しているように思う。物心ついた頃から定職に就かない父親は「勉強しないとお父さんのようになるぞ。沢山本を読んで学べ」と口酸っぱく言った。質問しても「お父さんはわからない。自分で調べろ」と言われる。外国人の母親には、相談したくても日本語を理解しているのか、いまいち怪しい。言い方は悪いが、父のようになりたくないという恐怖と、母に相談しても答えを貰うのは難しいと悟った小学生の私が救いを求めたのが、本だった。誰かに相談したい時や辛い時、私は本を読んだ。本は沢山のアドバイスやヒントをくれる。しかも、うるさくない。
迷えるティーンエイジャーだった私は、17歳からAKB48というアイドルグループに加入することになる。
とんでもなく繊細で性格を拗らせていた私は、芸能界に入ってさらに拗らせ、自信を喪失していった。高校デビューで、千葉で一番可愛いと勘違いしていた私の(一瞬そんな時期があった)小さなプライドがデビューとともに砕け散った。
そんな私の拠り所となったのがファンの方から戴いた『すらすら読める風姿花伝』(林望著、講談社)だ。20歳そこそこのアイドルにこの本を贈ろうと思ったファンの方に心から感謝したい。年齢に応じた稽古の心得を説いた第一章を読み、私はまことの花になりたいと強く願った。徐々に悪くなっていくグループでの立ち位置。そんな時、先ゆくメンバーを見て、私は淡々と経験を積んでいくのだ、と自分に言い聞かせた。この本と出会わなければ、毎日比べられ、順位が可視化されていくあの毎日を乗り越えられなかったかもしれない。この一冊が、芸に対する心構えを教え、未来への道筋を照らしてくれた。その一方で、あの頃の私は、自分を本当に好きになってくれる人なんか誰も居ないと本気で思い込んでいた。あの頃応援してくださった方々にジャンピング土下座したいくらいだ。
「人は裏切るから信用するな」と親に言われ続けたのも大きい。
思い返しても、8歳の子供にそんな事を言うのは酷だ(まぁ、ある意味正しくもあるが)。とにかく、信じて傷つくなら最初から信じないという臆病な思考が身に付いた。好意を人に伝えることや連絡先を聞くことすらもためらった。相手に本心が伝わることが怖い。私が好きな分、相手も同じ熱量、さらにそれを上回る熱量でないと不安になり、良好な交友関係を保つことができなかった。そんな時期に読んだのが『愛するということ』(エーリッヒ・フロム著、紀伊國屋書店)だ。愛は技術かという言葉が目に入った時、私は変われるかもしれないと思った。これまでの私は欲しがるばかりで、与える喜びを知らない。正直いうと、愛するという責任を負うのが怖かったんだと思う。人間的に成熟していないと人を愛せない、自分を愛することができなければ他人も愛せないという、“愛する決意”をこの本が教えてくれた。今の私は、あの頃よりは上手に人を愛せている……と思いたい。
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source : 文藝春秋 2023年5月号