これまで20年以上にわたり日本の宇宙開発を取材してきたが、いまほど危機的な状況は経験がない。今年3月、新型の大型ロケットH3初号機が打ち上げに失敗。半年前には小型のイプシロンロケットも失敗しており、大型、小型ともに信頼性が失われた。影響は現行のロケットにも及ぶ。H2AはH3と共通の機器を搭載するため、当面の運用停止が決定した。つまり、日本ではいま、すべての主力ロケットの運用が見通せず、衛星を打ち上げられない国となっているわけだ。もちろん過去にも失敗が続いたことはある。しかし、世界の宇宙ビジネスは以前と比べものにならないほど進展が早く、もたついていると日本だけ取り残される恐れすらある。
世界中どこでもネットに繋げられるサービスなどの構築に向け、年間数十機だった小型衛星の需要は2000機に迫る勢いだ。世界のロケット打ち上げ成功回数は、昨年、177回と過去最多を更新。1位がアメリカ、中でもイーロン・マスク氏のスペースX社が最多だ。同社は主力ロケットのエンジンを再利用することで1回の打ち上げ費用をH2Aより3割も安い1回60億~70億円まで引き下げることに成功している。世界の衛星事業者から打ち上げを受注し、最近は1日2回も打ち上げを行うなど、衛星打ち上げ市場を席巻している。対する日本は、去年はイプシロンの失敗もあり18年ぶりに打ち上げ成功ゼロだった。
危機的状況を乗り越えるには何が必要なのか考えたい。
まず、相次ぐ失敗を受け、日本の技術力そのものの低下を懸念する声がある。H3の失敗を例にとろう。そもそも打ち上げを成功させるには、ロケットを構成する二段階のエンジンが正常に作動する必要がある。機体を加速・上昇させる第一段と、長時間燃焼を続けながら衛星を軌道に乗せる第二段だ。H3開発で最も困難とされた第一段だが、実は計画通り燃焼し、役割を果たした。部品点数を減らしコストダウンを図った高性能エンジンだ。開発は難航し、打ち上げが2年遅れともなったが、今回図らずも信頼性が実証された。管制室にいたJAXAと三菱重工の技術者は第一段が燃焼終了した時「よくやった!」と思わず叫んだといい、技術力の低下を悲観する必要はないように思う。
目下の原因究明の焦点は、着火しなかった第二段だ。飛行データの解析から、エンジン内で過大な電流が検知され電源が遮断されたことがわかっている。第二段はH2Aにも使われ信頼性が高いと思われていたが、H3用に改良した部分にエラーが起こった可能性もある。JAXAは地上の予備品などを使って再現実験を行っており、究明には時間がかかるとみられる。
しかし、じっくり時間をかけている余裕はない。世界のスピード感と比較するとき、最大の問題は技術面よりも、原因究明に数か月を要する体制そのものにある。
ここで参考になるのがスペースXだ。彼らも失敗やトラブルを繰り返していた。有人宇宙船開発も同じで、その初号機に乗り組んだ宇宙飛行士の野口聡一氏によれば、彼らはトラブルを起こしても翌日には試作品を用意するくらいスピーディで、立ち止まることなく走りながら開発を補強していたという。民間ベンチャーならではの意思決定の早さが、宇宙ビジネスを急速に進展させている現実がある。
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source : 文藝春秋 2023年6月号