著名人が母親との思い出を回顧します。今回の語り手は、松山猛さん(作詞家)です。
わが母は明治四十五年六月十日の時の記念日に、滋賀県の甲賀郡土山の里に生まれた。その年の七月三十日に改元となり、「私はちょっとだけ明治生まれ」といっていたのを思い出す。小学校を卒業後すぐ大阪に奉公に出るなど、苦労の多い子供時代を過ごしたが、同じ里で育った父が京都の丁稚奉公を終え、自分で店を構えたころに結婚をした。
彼女は時代のせいもあり、充分な教育を受けることができなかったが、生来の文学好きで、僕が育った戦後の頃には、筑摩書房の日本文学全集をそろえて読み、また毎月愛読していた雑誌は『暮しの手帖』で、その料理のページから、日々のごちそうを編み出す名人でもあった。
小学校に上がり読み書きができるようになった僕に、自分も感銘を受けた宮沢賢治や三好達治の詩などを読めばと、詩や物語の世界にいざなってくれ、僕も言葉の持つすばらしさに目覚め、のちに歌の言葉や物語を紡ぐ人になったのだと思う。
ある時期母が熱心に読んでいたのが、住井すゑ著の『橋のない川』だったことも思い出す。母は彼女なりに差別の問題に関心があったのかもしれない。戦争の時代を経験し、また世の中の矛盾に疑問を持っていた母は、ソシャリストでもあり、またその反面、熱心な仏教徒でもあったのだと思う。そんな母の影響もあり、僕も差別や世の中の矛盾に敏感な子供となり、やがてそれが『イムジン河』の日本語詞につながったのだと思う。
僕が中学二年の時に父が急逝し、母は「これからは親子でもあるが、友達として協力して生きていかないとならんね」と言った。そして母は様々な仕事に精を出し、僕を美術課程のある公立高校に通わせてくれたのだった。
やがて京都でデザイナーとして仕事をしていた頃に、ザ・フォーク・クルセダーズの仲間と知り合い、彼らと作った『帰って来たヨッパライ』がミリオンセラーとなった。
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source : 文藝春秋 2023年6月号