現代版聖家族

名画が語る西洋史 第130回

中野 京子 作家・ドイツ文学者
エンタメ アート

名画をのぞき込んでみると…

 

エルドラド

「Eldorado」の文字が見える。これはスペイン語で「黄金郷」の意(elはthe、doradoはgolden)。大航海時代のスペイン人探検家たちが、南アメリカの奥地には莫大な黄金が埋まり、黄金と同じほど貴重なシナモンの木もあると言い出し、噂はヨーロッパ中に広がった。なんと300年の長きにわたって信じられ、命知らずの船乗りたちの見果てぬ夢となった。そして今なお夢の残り香が、コロンビアのエルドラド国際空港の名などに漂っている。

 


 

現代版聖家族

 こうした丸い画面は「トンド」と呼ばれ、ルネサンス時代は聖画によく使われた。ミケランジェロ作『聖家族』、ラファエロ作『小椅子の聖母』、ボッティチェリ作『マニフィカトの聖母』が有名だ。

 イギリス人画家ブラウンが19世紀半ばに発表した本作もまた、当時における「現代版聖画」として描かれた。もちろんすぐにそれとはわからない。ミステリの本場イギリスらしく、絵画でも最後に謎が解けてアッと言わせるのが好みなのだ。

 タイトルにあるように、荒い海を航行する移民船に乗り込んだ人々は、イギリスを去ってゆくところだ。主人公の若夫婦は万感胸迫る思いで遠ざかる故国の地を見つめている。

 多くのイギリス人が貧困に喘ぎ、移民という選択を取らざるを得ない時代だった。アメリカ、インド、オーストラリアが主な移住先である。そこはエルドラドだろうか。いや、すでにもうこの伝説を信じる者はいない。この若夫婦も厳しい先行きを覚悟していたであろう。

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source : 文藝春秋 2023年6月号

genre : エンタメ アート