ローマを二分しているテヴェレ河の西にあるヴァティカンでは、前法王退位による空席を二日足らずで埋めてしまった。ところが、テヴェレの東岸にあるイタリアの首相官邸の主は、総選挙から一カ月が過ぎたというのにまだ決まっていない。なぜこうも差がついてしまったのかだが、テヴェレの西ではたとえ選挙にしろ最後は神さまが出てきて、あの人で行こうと決めるのに対し、テヴェレの東では人間たちが、ああでもないこうでもないと民主的に決めようとしているからである。ただし、ヴァティカンにも本音はあり、内部情報によれば、新法王は選出される直前に、自分勝手には十字架からは降りない、と約束させられたらしい。というわけでテヴェレの西には早くも安定政権の樹立が成ったのに対し、東岸では三者三すくみの混沌がいまだにつづいている。
三者とは、リーダーには不可欠な度胸がなかったために勝てた選挙も比較第一党で終わってしまったベルサーニと、好材料はまったくなくても度胸だけはあったことから大敗していたところを比較第二党で済ませることができたベルスコーニ、そして、イタリア人からすっかり嫌われてしまったモンティに代わって踊り出た、「五つ星」というふざけた名をつけた市民運動を率いるグリッロ、の三者である。この三者がそれぞれ、くっつきたい相手から断わられたりしているのが、今のイタリア政治がカオスから抜け出せないでいる原因。民主的に振舞うというけれど、内実はこうも滑稽なのだ。
それにしても、まだ次の首相が決まっていないので今でも現首相なのだが、こうもモンティがイタリア人から嫌われていたとは知らなかった。たしかに彼が断行した緊縮政策は、イタリア人にすさまじい犠牲を強いるものだった。他国からの評価はあがった代わりに、二十二パーセントになろうとしている消費税等々の増税、消費の冷えこみ、倒産、失業の増加と、今のイタリアは不景気の真っただ中にある。
しかし、モンティが断行した政策がすべて、誤っていたわけではない。ただ、外科手術だったのだ。だから、手術を終えたらさっさと大学に戻ればよかったのだ。それが、何を血迷ったのか政界への進出。何やら外科医が、手術後の内科治療まで自分がやると言い出したようなものである。
これにイタリア人は、驚き絶望したのだった。これからもあの緊縮政策がつづくのか、と。
こういうわけで嫌われてしまったモンティに代わって登場した「五つ星」だが、これがまあアナーキーで、ツナミと称し既成の政治階級を一掃してイタリアを真っさらの状態に変えるのだと言う。こんな政党に、いや政党ではなく市民運動だと言っているから運動とするが、イタリアの有権者の四人に一人が票を投じたのである。モンティの政界進出宣言も、「五つ星」躍進の一因であった。
それにしても、イタリア人も怒ったんですね。緊縮政治から成長路線に変わるのならばわかるが、緊縮から一気にアナルキアに支持を移してしまったのだから。モンティも政界進出宣言後は一変して、これからは成長路線も加えた緊縮と成長の二本立てで行くと言ったのは、経済には無知の私でも、それって可能なの、と思ったくらいである。
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source : 文藝春秋 2013年5月号