地球は狭くなる一方かと思っていたが、現情ではその逆になりつつあるようである。六〇年代に日本からヨーロッパに来た頃の空路は、南まわりしかなかった。羽田を発った後はまるで各駅停車の鈍行のように、香港から始って南アジアの国ごとに止まりながらトルコのイスタンブルに向う。そしてそこからは北ヨーロッパに行く便から南欧行きに乗り換え、アテネ、そしてローマへと向うのだから、合計すれば二十四時間もの長旅になった。
だがしばらくして、新空路ができる。ローマからはアラスカを経由して日本には北東から入ってくる、通称アンカレッジ空路。冷戦時代の産物であったのは、旧ソ連の上空を飛べなかったゆえの空路であることからして明らか。しかし、冷戦時代もいつかは終る。ヨーロッパからはモスクワ空港を経由して日本に向う道が開かれた。ロシアの航空会社のサービスは最低だったが運賃は安かったので、あの頃の私も、アエロフロートのエコノミークラスで行き来していた日本人の一人。
だがこれも、しばらくすると改善の方向に向う。自国の空港に止めなくても上空を飛ばせるだけで、その国にはおカネが入る方式に変わったらしく、これが長距離の直行便への道を開いた。ヨーロッパからはウクライナの上空を通りロシアの上空を飛んでくることで、日本には北西の方角から降りてくる空路。所要時間も、十二時間に短縮された。
ところがこの空路が、プーチンが始めた戦争でおじゃんになる。おかげでローマと東京を結ぶ空路も、いかに直行便でもロシアの領土にふれないように飛ぶので、所要時間も十五時間にのびてしまう。飛行機の上から下の大地を見下ろしながら、これではマルコ・ポーロの旅ですね、と思ったものだった。しかし、仮りにプーチンが戦争をやめてくれても、ロシアの上空を飛んでくるこの空路は再開されるであろうか。なぜなら、新たな不安材料が浮上してきたからだ。
十二時間で済んでいた直行便でも、ロシアを通って北西の方角から日本に入ってくる以上、昨今とみに勢いよく打ち上げるようになった北朝鮮からのミサイルを、無視することは許されなくなる。なにしろ北朝鮮は、いつ、どの高度でミサイルを打ち上げるなんてことはいっさい通知しない困った国なので、それらをかいくぐってくるのも容易な話ではない。
日本に帰国中にしばしばテレビで、北朝鮮からのミサイルの飛来を知らせるのを見たが、その後に必ず、航空機や船舶への被害はありませんでした、とつけ加えていたのには苦笑するしかなかった。あったとしたら大変なのだ。一昔前のことになるが、地中海の上空を飛んでいた民間の航空機がミサイルに直撃され、乗っていた人の全員が海のもくずと化した事件があった。四十年が過ぎた今でも、そのミサイルがどの国のものかはわかっていない。この事件を知らないはずはないヨーロッパの航空会社が、十二時間で済む直行便という利便性だけを考えて、北朝鮮からのミサイルをかいくぐってくる危険まで冒すであろうか。
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source : 文藝春秋 2023年7月号