先般、拙著『元国税庁長官の俗物的料理日記』(霞出版社)を上梓した。料理日記と題しているが、料理の腕前は口ほどにもなく、家の連中からしばしば酷評されることを、冒頭に白状しておく。
私は1981年に当時の大蔵省(現財務省)に就職した。大臣官房、主計局、理財局、金融庁、財務総合政策研究所等に勤務して、2016年国税庁長官で退官した。その間、40歳頃に料理に目覚め、週末台所に立つようになった。物が安くて美味しい地方勤務から戻ってみると、東京の外食は値段の割に量が少ない。そこで、週末に自分で料理して好きなものを腹一杯食べようと思ったのが発端だ。
料理の腕前は前述の通りだが、職場で何となく話題になり、財務省の広報誌向けに料理関連の軽い読み物を依頼され、とりとめない身辺雑記と拙い料理レシピからなる週末B級料理日記シリーズを寄稿するようになった。堅い記事の多い同誌だからか、多少の読者もついて、意外に長く連載した。これを親切な印刷会社の社長が本にして下さった。その後も2回、同じテーマで連載したが、これも本にしていただいた。売れそうもないのに、3回も出版して下さったご好意には感謝するばかりだ。当時は今ほどには面の皮が厚くなかったから、3冊とも大饗膳蔵(おおあえぜんぞう)という筆名にした。本のカバーには私の写真が載っていたから、頭隠して尻隠さずだったのだが。
その後、寄稿を中断していたが、退官後、後輩の煽てに乗って4度目となる連載をはじめ、それが6年間で50回になったのを機会に、亡き社長のご友人のご尽力で本になったのが、今回、実名で上梓した拙著である。
掲げたレシピは、凝り性な編集者の分類によれば、ご飯類3種、麺類・スパゲティ8種、汁物4種、サラダ4種、炒め物3種、煮物4種、焼き物6種、鍋8種、カレー・エスニック8種、中華・韓国料理4種、酒肴3種である。試した人に感想を尋ねると、「予想したよりは美味しかったが、分量が多すぎる」、「味付けが濃いので、酒や飯が進んで困る」というのが多い。「読んだだけで胸やけした」と言った失礼な奴もいる。
他方、身辺雑記部分については、同世代の同性から「昭和のおじさんにうれしい話題が多いけれど、料理同様少々味が濃い」、「元役人が書いた本にしてはすらすら読めるが、蘊蓄超過」という類の評価を頂戴する。女性や若い世代から、「家庭内でやり込められている姿がほほえましい」という予期せぬご感想を頂くこともある。すれからした元御同業の連中から、「料理に事寄せた愚痴と僻目(ひがめ)の垂れ流しだろう」と半ば図星を指されたこともあった。愚痴と僻目だけではなく、世の中をいささか憂えているつもりなのだが、そこは口を開けば嫉(そね)み筆を握れば譏(そし)る俗物の悲しさというものかもしれない。
今回旧作と違って実名で出版したので、何人かにその訳を訊かれた。実名や職歴を明らかにした方が、元中央官庁職員のぐうたらな週末生活を、リアリティをもって読んでいただけるかなと思ったからだ。私は、財務官僚とは何かと問われると、「古人曰く職業的心配屋です」と答えることにしている。職業的心配屋は、「このままでは財政が破綻して円が大暴落するのではないか」というような、生じたら重大だが直ちに生起するかどうかはわからないことを、心配だと言い続けて、「オオカミ少年だ」と叱られようが嫌われようが、なお心配を口にすることを職分と心得る輩だ。これに生来の大食いと蘊蓄好きが加わると、その週末は「食欲とぼやきと蘊蓄と時々慨嘆の日々」(拙著副題)となる。昼飯に鮭と長芋のスパゲティを食べ過ぎてソファに寝ころぶと、昨晩観たヤクザ映画「仁義なき戦い広島死闘篇」を思い出し、千葉真一の下品なセリフから、戦後インフレとドッジラインによる強烈なデフレ政策に思いを馳せるという具合だ。
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source : 文藝春秋 2023年9月号