昔ながらの町並みが川沿いの柳並木に映える倉敷市美観地区。その一角を占める大原美術館の館長にこの7月に就任して以来、「大いに期待しています」、「ぜひ一緒に企画展を」などと、美術関係者から声をかけられることが多い。1930年に日本最初の西洋美術館として開館した大原美術館を率いる責任、高階秀爾前館長を引き継ぐ仕事の重みを感じている。
実業家大原孫三郎の支援の下に画家児島虎次郎が収集した西洋近代絵画を中核とする「大原コレクション」。エル・グレコの《受胎告知》、モネの《睡蓮》、ゴーギャンの《かぐわしき大地》といった名品を思い起こす人も多いのではないか。現在にまで至るコレクションの歴史について、ここで述べる余裕はない。海外と日本の美術、民藝運動ゆかりの作家たち、古代オリエントや東洋の古美術などを包含する総合美術館になったとだけ記しておく。ここでは、常設展示と現代アート育成に力を注いできた近年の大原美術館の活動を、今後どのような形でさらに発展させ、充実した芸術の場に作りかえていくのか、その未来図を素描してみたい。
私が目指す方向は、「発信と交流」というキーワードに集約される。言葉を換えれば、積極的なアウトプットと外部との協力関係にほかならない。例えば、質の高い常設展示と重要作品の貸出に甘んずることなく、問題提起性のある企画展を、所蔵品を核としつつも他館から借用した作品も交えて開催すること。
むろん、これまでにもコレクションテーマ展、大原家の別邸有隣荘における特別展、若手作家の滞在制作事業など、小規模な展示事業を行ってきた実績はある。しかし、今後必要なのは本格的な企画展である。個人的には、「大原コレクション」の形成期である近代に焦点を据えた、斬新な展覧会を外に向けて発信してみたい。異文化が混淆する19世紀後半から20世紀前半の美術の魅力を浮き彫りにする展示を構想中である。
交流という観点から言えば、他館と積極的に連携して企画展を作りながら、美術館のネットワークを形成することにつながる。収蔵品に恵まれた大原美術館は、これまでやや孤立していたが、これからの美術館は互いに補完し合う関係を構築することが肝要ではないかと思う。意欲のある他館との協力関係を通して、より充実した展覧会を作り上げることができよう。そして、それは国内に限らない。
一方、学術面では紀要を復刊させ、学芸員による研究成果を公表すると同時に、作品目録や資料集を順次刊行していきたい。その意味で、大原美術館はこれから研究美術館としての性格を強めることにもなる。加えて、その時々の展覧会や個別テーマと連動する形で、国内外から研究者を招き、シンポジウム、セミナー、講演会などを催すことも視野に入っている。場合によっては、国際学会を招致することもあろう。このようなイベントには美術館の学芸員も参加するので、自ずと発信と交流が促されるに違いない。
その際、学術事業を推進する組織として新たに大原芸術研究所を設立する構想がある。大原美術館の活動を研究面から支えるアート・インスティテュートを、高階所長の指揮の下に2024年4月に立ち上げる予定である。そこには大原美術館と並んで倉敷考古館も加わることが決まっており、両館が研究所と連動することによって芸術研究の幅が大きく広がることになろう。
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