まだまだまなぶ

ハコウマに乗って 第33回

西川 美和 映画監督
エンタメ 社会 映画
 

 一年半前、映画界にはハラスメントの告発が相次いだ。監督やプロデューサーの加害が赤裸々に報道され、世間から火を噴くように非難されたが、その後も映画界のハラスメント予防や対策は大部分が個々の努力に任されている。

 海外には映画界をまとめる中心的機関があり、二〇一七年の#MeToo 後は心理的・法的な相談窓口が開設されていった。米国の大手スタジオも、スタッフに講習を対面・オンラインで義務付けており、フランスでは映画会社の責任者やプロデューサーは「ハラスメントの立証方法・雇用者の義務」について二ヶ月間以上のトレーニングを履修しなければ必要な助成金や上映の許諾を与えられない。全国各地で講習が行われ、受講は無料。今年中に九千人が履修済みになる見込みだという。

 なぜ日本で改革が徹底されないかというと、映像産業をまとめる機関がないことと財源がないことが理由にあるのだが、それ以前に「ピンときてない」のが本質だと思う。大手映画会社も団体もいまだにトップは男性が九割以上だし、必要ではないですか? と尋ねても「あーはいはい、仰るとおり」と資料を一瞥してさっさと閉じる姿を何人も見てきた。

 お前ピンときてないだろ、と何度も何度も何度も(、、、、、、、、、)言われなければ大人の脳みそは変われない、いや、どう変えていいかすらわからないのだと、私自身も思う。ジャニーズは国民的人気アイドルの事務所だから世間から粘り強く𠮟ってもらえるが、さほどの怒りも期待も向けられないところに、日本の映画界の凋落ぶりが象徴されている——と下を向くのはさておき、このたび映画の台本に印刷して差し込める『制作現場のハラスメント防止ハンドブック』をこしらえてみた。

 Netflix社はアメリカ本社の方針を踏襲し、日本製作の作品にも「リスペクト・トレーニング」を義務付けているし、白石和彌監督も二〇年の東映作品の撮影前には自らの提案で講習を導入されていた。……けれど、いかんせんゼニがかかる。一時間コースの講習が、十万円以下では収まらないと聞く。日本で製作される年間六百本以上の映画の大半は低予算のインディペンデント作だ。講習を外部委託する余裕があるとは思えない。

 なんとか最小限の持ち出しで、多くの人が学ぶ機会を作れないかと思っていた時に、韓国の映画監督組合が『中止・支持・申告』と題したガイドラインを台本に印刷していたのがお手本になった。ベネチア映画祭最高賞の受賞歴もあるキム・ギドク監督の性暴力が社会問題になり、韓国映画界では告発された加害者の追放が進んだ。三、四十代の監督を中心とした「性暴力防止委員会」によって、ねばり強く自浄の努力が続けられている。

 中身は韓国、アメリカ、ヨーロッパの基準も参考にしながら、なるべくやさしい文体を心がけ、撮影現場という特殊環境で起こりうる具体例も盛り込んだ。

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source : 文藝春秋 2023年11月号

genre : エンタメ 社会 映画