〈心の言葉〉を紡いできた人

追分 日出子 ノンフィクション作家
エンタメ 音楽 読書

 小田和正さんの評伝『空と風と時と 小田和正の世界』を上梓した。発売前予約でアマゾン本総合ランキング1位、5刷となり、小田ファンの熱さに驚いている。

 初めて取材したのは2005年、AERAの「現代の肖像」で約4カ月、全国ツアーにも同行した。小田さんは50代後半だった。シャイな人と感じた。当時、驚いたのは、人前で歌うことが元来、苦手だということだった。音楽の求道者であっても、エンターテイナーではなかった。「以前は舞台上で、肩より上に手を上げることもできなかったんだよ」と言った。そんな小田さんは、「等身大」という言葉を自分のテーマにして、変わろうとしていた。

 取材が終わり、「真面目に硬く書くなよ、面白可笑しく書けよ」と言われたが、私は真面目に硬く書いてしまった。うまく書けなかったとの悔いが残った。同じ企画で、中森明菜さんから橋本治さんまで、癖のある人物は得意だと少し自負していた。そんな私にとって、小田さんは最も造型しにくい人物だった。癖があるようなないような、器用そうで不器用な。そして当初、私は小田さんの暗さが気になっていた。いや、私が勝手にそう思っただけで、誰もそう思わないようだった。確かに「子どもの頃、コンプレックスありましたか?」と訊くと「なかったよ」。そりゃ、そうだろう。勉強はできる(早稲田大学大学院建築科卒だ)、運動神経は抜群、歌だけでなく絵もうまい。結局、薄く纏っているように思えた暗さは私の思い込みなのか、そう思っての取材終了だった。

 その後も小田さんとの縁は続いた。還暦時や東日本大震災直後のツアーでは初日から取材した。小田さんは舞台上でどんどん自然体になっていった。ツアーは苦手と聞いていたが、待っている人たちに、自分から〈会いに行く〉ようになっていた。本を書くことになったのは2020年初め。突破口はさらなる取材あるのみだった。前著『孤独な祝祭』でもそうだが、雑誌取材では見えない世界が次々現れてくる。小田さんの場合、一つはオフコースでの挫折だった。わかっていたようで、わかっていなかった。

 初期の売れなかった頃の惨めさについて、小田さんは以前から饒舌だった。しかしそれ以降については、当初、多くを語りたがらなかった。

 1970年、オフコースを一緒に始めた鈴木康博は、1982年脱退した。中学からの友人で、理想に燃える2人組だった。ロック志向の若い3人を招き入れた時、ギャラは5等分。そんな2人だった。その後ヒット曲を連発、しかし前代未聞の日本武道館10日間公演後、鈴木は去った。以降、40年間、2人は会っていない。喧嘩をしたわけではない。喧嘩ができる2人なら、良かったかもしれない。いまでは誰もが知る「言葉にできない」は、この時作った歌で、涙で歌えず、その後、長く封印された。その7年後、オフコースは解散した。

 ソロになってからは、語りかけるような詞が印象に残る。転換点はオフコース最後の頃につくった「君住む街へ」だろうか。小田さんはそこで「君の弱さを恥じないで 皆んな何度もつまづいている」と語りかける。この歌を歌う時、小田さんは、いまも、時に涙する。

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source : 文藝春秋 2024年2月号

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