新種の化石を発見することは実はそう難しくない。難しいのは、新種であることを証明することだ。
私にとって最初の新種の化石の発見は、約230万年前の絶滅したゾウの仲間である、ステゴドン・プロトオーロラエ(通称ハチオウジゾウ)である。2001年に、東京都八王子市の北浅川の川原で偶然に発見した。植物化石が専門であった自分にとって、ゾウは未知の領域。ゼロから勉強を始め、日本中の博物館を巡り、世界中の文献を集め、いろいろな人に教えてもらいながらやっと論文を書いた。厳しい査読の審査を経て、イギリス古生物学会の国際誌に論文が掲載されたのは、発見から9年後のことである。
発見から新種の認定まで長い時間がかかるのは、実は化石の世界では、よくある話だ。有名なフタバスズキリュウの化石は、発見から38年、アキシマクジラは57年もかかり新種として証明された。
新種の発見を自分がすることは、もうないだろうと思っていたが、2度目の幸運に恵まれた。40年以上も前に預かっていたチョウの化石を新種として証明できたのだ。この化石は大学時代の同じ研究室の後輩が卒業研究をしているときに見つけたもので、その後、私に研究が委託された。
昆虫化石は、植物や貝などの化石と比べ、滅多に見つからない貴重なものである。その中でも、体が軽く、鱗粉をもつチョウは水に沈まないので化石になるのは極めて稀とされている。すなわちチョウの化石はレア中のレアな化石の代表でもある。実際に世界でも名前が付いたチョウの成虫化石は40個ほどしか見つかっていない。日本からは30万年前の化石が2つ見つかっているが、それは新種ではなく現生種である。
当時、日本の昆虫化石の専門家は国立科学博物館の藤山家徳博士1人しかいなかった。私は藤山先生のご自宅に何度も伺い指導を受けていた。このチョウの化石も見て頂いたが、保存が悪く当時の顕微鏡では細かい所が良く見えず、産出した地層の350万年前という年代からも絶滅種である新種に間違いないだろうが、それを証明するのは難しいとのことだった。
新種と証明できない場合は、近い形態の現生種がいれば、その比較種とする。また、属までしかわからない場合は種名は不明という言い方をする。しかし、後輩から託された貴重なチョウの化石に名前を付けられず、名前なしで報告するのはあまりにも悔しかった。
有料会員になると、この記事の続きをお読みいただけます。
記事もオンライン番組もすべて見放題
初月300円で今すぐ新規登録!
初回登録は初月300円
月額プラン
1ヶ月更新
1,200円/月
初回登録は初月300円
※2カ月目以降は通常価格で自動更新となります。
年額プラン
10,800円一括払い・1年更新
900円/月
1年分一括のお支払いとなります。
※トートバッグ付き
有料会員になると…
日本を代表する各界の著名人がホンネを語る
創刊100年の雑誌「文藝春秋」の全記事、全オンライン番組が見放題!
- 最新記事が発売前に読める
- 毎月10本配信のオンライン番組が視聴可能
- 編集長による記事解説ニュースレターを配信
- 過去10年6,000本以上の記事アーカイブが読み放題
- 電子版オリジナル記事が読める
source : 文藝春秋 2024年2月号