読書が好きだ、が、ドラマや映画の撮影中には、「小説」を読むことができない。その時に抱えている脚本の、登場人物の名前や背景、感情の動きを探るのに手一杯で、別の物語を脳内に取り込む余地が無いのだ。万が一、ほんのちょっとの余裕があったとして、読み始めた小説が面白くてそちらの世界に没入しそうになったりしたら、それはそれで自分にとっての悲劇となる。
だから、連続ドラマの約3ヶ月の撮影が終わったらまず自分に許すご褒美は、書店へ行くことだ。さまざまなジャンルの本を取り揃えた大きな書店がいい。最上階の一番奥から、全ての棚を点検するかのごとくぐるぐる見て回る。原っぱに放たれた子犬が一目散に駆け出す勢いで。これは新聞広告で見かけた本だな、とか、雑誌の書評で気になっていた作品、共演した俳優さんから薦められた本、読み返したかった古い小説……世の中にはどれだけの本があるのだろう。その1冊1冊にどんな世界が閉じ込められているのだろう。一生をかけたって、この書棚1台分でさえ読み切れることはないのだろう。そう思うと切なくて、焦燥感で胸が詰まる。
気づけば買い物かごは読みたい本でいっぱいになり、レジの前でふと子犬は我に返る。いやこれ、買いすぎでしょ、さすがに全部読める時間ないでしょ、だいたい持って帰れないし、と自分の凡庸さを嘆きながら泣く泣くふるいにかけて、厳選した数冊を連れて帰るのだ。
そんな趣味を告白したインタビュー記事を読んでくださったのであろうプロデューサー氏が、本の番組に出演しませんかと声をかけてくださった。“次に読みたい1冊が見つかる読書エンターテインメント”というコンセプトで、話題の最新作から過去の名作、小説、ビジネス書、絵本に料理本、とジャンルを問わず取り上げる。作家やその作家のファンや編集者にも登場してもらう。書店ロケもやります。
書店ロケ! 書店好きを陥落させるにはこのひとことで充分であった。
そのためなら、苦手な対談コーナーも頑張ってみようではないかと思うくらいに。対談、しかもホスト側だなんて、本当に得意じゃない。人と話すことに自信がないから、子供の頃から本の世界に入り浸っていたというのに。しかし大好きな本という共通の話題があれば(そして事前取材をもとにした適切な進行台本があれば)、なんとか乗り切れるかもしれない。実際、今までのところ、来てくださったゲストは皆さん、とてもおしゃべりが上手だった。吉本ばななさん、島本理生さん、凪良ゆうさん。彼女たちは皆、独特の世界観を持ち、しかしそこにひとり閉じこもるのではなく、読者と対話しようとしている、と感じた。実に自己プロデュース能力の高い人たちなのだ。それから、どういうわけか宇宙飛行士の野口聡一さんが来てくださった。プロデューサーが何かものすごいコネを持っているのか? 野口さんが他所ではお話しになったことのないことを聞き出さねばとポンコツホストは必死であったが、“宇宙での読書体験”という切り口はなかなか斬新だったのではあるまいか。
普段表に出ることのない編集者や書店員さんのお話を伺えるというのも、とても楽しく、面白い。本好きな人は、特に好きな本に関しては、饒舌だ。言葉を大切にしているから、自分の想いもなんとか言語化して相手に届けようとする。持論を強(したた)かに主張するけれど、異なる意見も興味深いものとして受け止めようと努める。読書という個人的な体験を媒介に、小さなコミュニティが生まれて、あれ? ひとりだと思っていたけど、違うのかな? と感じる瞬間があったりする。それを具現化しているのが、書店という場所なのかもしれない。個人とコミュニティの、絶妙な距離感。そこに横たわるのは絶対的な性善説だ。本を手に取っても傷めたり汚したりしない、とお互いに信じ合っているのだもの。だから私は書店が好きで、多くの人に足を運んでもらうお手伝いができれば尚良いと思っている。
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