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チャーチルが見ていた「新しい戦前」――1935年と2020年の世界情勢はよく似ている

編集部日記 vol.43

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チャーチル ©時事通信社

 4月号の大特集「日本地図から『新しい戦前』を考える」のきっかけは、「日米同盟 vs. 中・露・北朝鮮」(2022年6月号)の記事中に掲載した、日本列島を逆さにした地図を、作家の塩野七生さんに「あの地図いいわよ」と気に入っていただいたことでした。

 それは北京から太平洋側を眺めた地図――まるで日本列島がフタのように中国大陸に覆いかぶさり、太平洋への出口をことごとく塞いでいることがわかります。

文藝春秋2022年6月号「日米同盟vs.中・露・北朝鮮」より

 塩野さんは「あの地図いいわよ。ああいう視点は『中央公論』にはないわね」と言ったのです(もともとは元陸将の山下裕貴さんに教えていただいたもの。「東アジア地勢図」として売られています)。

 塩野さんの著作『ローマ人の物語』や『ギリシア人の物語』には、地図が多数掲載されています。地図にこだわる作家に褒められたこともあり、この地図を使ってまた特集記事を作りたいと考えていたところ、昨年、新訳が出たウィンストン・チャーチルの『第二次世界大戦1 湧き起こる戦雲』に出会いました。分厚い本なので、つまみ読みしてみたところ1935年のヨーロッパと2020年の東アジア情勢がよく似ていることに気づかされました。

 1935年当時、ヒトラーは周辺国への侵略をほのめかしてひたすら軍備増強。英仏は戦力でドイツに追い抜かれるいっぽう、まだ第一次世界大戦の悲惨な記憶が生々しいこともあり厭戦気分。アメリカは不関与政策で知らんぷり……。

 ドイツが今の中国、英仏は台湾(と日本)と考えれば、どれも似ていると言えば似ています(アメリカは表向き台湾に関与すると言い続けていますが、懐疑的な見方も多いですね)。

 この本で、チャーチルはドイツとフランスの航空戦力を比較した「一線級航空機の生産数比較」という印象的なグラフを引用しています。ドイツの空軍戦力は、1934~35年にフランスを追い抜いた後、あれよあれよという間に引き離し、第二次世界大戦が勃発する1939年にはフランスの3倍になっていたのです(このとき英空軍はドイツ空軍の半分)。

 その間、わずか4年。アメリカと中国の東アジアにおける戦力は、2020年頃には中国に逆転されたと多くの専門家が見ています。そして今年はその4年後の2024年なのです。

 大特集「日本地図から『新しい戦前』を考える」では、人民解放軍による台湾侵攻を想定し、アメリカ日本台湾中国の軍事専門家に「新しい戦前」を迎えた日本人が何を知り、どう備えるべきかをインタビューしています。

 アメリカは前国務長官のマイク・ポンペオ氏(元CIA長官でもある)、日本は元陸上自衛隊西部方面総監の本松敬史氏、台湾は元軍参謀総長の李喜明氏、中国は中国国防大学教授の劉明福氏です。4人がそれぞれの国の視点から、日本周辺の地図を元に、「今そこにある危機」を指摘しています。

 20〷年、人民解放軍が台湾海峡に面した福州、厦門周辺に集結。そのとき日本はどうしたらいいのか。本松氏はこう指摘します。

〈日本が「台湾有事に巻き込まれたくない」と思っても、「対米支援」をした途端に中国の「交戦国」となり、それを拒めば、必然的に「日米同盟」が破綻してしまう。このジレンマこそが「台湾有事は日本有事」という言葉の本質です〉

 戦後80年、不戦を貫いてきた日本ですが、すでに「新しい戦前」を意識しなくてはならない時代に入っています。いざ戦争が勃発すれば、ウクライナやガザと同じ悲劇が日本を襲う。戦争は何としても避けなくてはなりません。

 チャーチルは1930年代、ヒトラー率いるドイツに警戒せよと英国民に訴え続けましたが、「戦争屋」とか「世間を騒がせるやから」と批判され内閣から遠ざけられました

 そして戦後、第二次世界大戦のことを「不必要な戦争だった」と書きました。英仏が一丸となってヒトラーに対抗措置を取り、アメリカも関与の意志を最初から示していれば、戦争は避けられたというのです。

 Xデーが来ないようにするにはどうしたらいいのか。それにはXデーが来たとき何が起こるのか。日本はどう対応するのかを考えておかなければなりません。いまから考えておくべき問題が実は数多くあることがよくわかる特集です。

 (編集長・鈴木康介)

source : 文藝春秋 電子版オリジナル

genre : ニュース 政治 国際 歴史