大相撲夏場所の覇者は、新三役でありながら小さなちょんまげを結えたばかりの大の里だった。史上最速の、入門以来所要七場所での幕内最高優勝力士として大相撲史を塗りかえた快挙だった。
千秋楽、3敗で優勝争い単独トップの大の里を4敗で追うのは、関脇に返り咲いた阿炎だった。千秋楽結びの前の大一番、阿炎が勝てば優勝決定戦の目もあったが、得意の突っ張りを繰り出す間もなく、完敗。「押し負けしました。(大の里は)速いというか、重かった。強かったです……」と潔く負けを認めながらも、悔しさをにじませる。
昨年12月には、師匠の元関脇寺尾――先代錣山親方を亡くした阿炎。敬愛する師匠が永遠に眠る棺の中には、自身が初優勝した時の表彰状をそっと入れた。「そんな貴重なものを!」と周囲が止めるなか、阿炎は誓うように言った。
「また優勝すればいいんですから」
大の里に賜杯をさらわれた夏場所だったが、10勝の2桁勝利を上げ、大関獲りの起点とした。「目指しているものには近づいていると思うので一日一番やっていきたい」と前を向き、“二枚目の表彰状”を手にする日も近いだろう。
振り返れば、小結に返り咲いた元大関の朝乃山が初日から休場し、2日目からは横綱照ノ富士と大関貴景勝が。霧島は4連敗ののち7日目から休場、大関の地位から陥落することとなる。上位陣が心もとないなか、祖父の名を継いで土俵に上がった大関琴櫻、元朝青龍の甥である豊昇龍が2桁勝利を上げ、どうにか役力士の面目を保った。先の春場所では新入幕力士の尊富士が優勝賜杯をさらい、続くこの夏場所では大の里の“スピード優勝”。未だ大銀杏も結えない若武者たちが制覇し、「番付崩壊の危機」とも言われる。「横綱大関の価値が無くなっている。これからの相撲界はどうなってしまうのか不安だ」と憂う声に、記者クラブ担当親方として今場所を見守っていた元横綱ふたりが応えた。元白鵬の宮城野親方と、元鶴竜の音羽山親方だ。
「いや、逆ですよ。相撲界の未来は明るいっていうことですよ」
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