「偽文書」からの大発見

馬部 隆弘 中京大学教授
ニュース 歴史

「これはとんでもない史料だ」

 2021年3月、奈良県・平群(へぐり)町教育委員会の学芸員から、10箱ほどの小さな段ボールに入った古文書を見せてもらい、その中の一点に大変驚きました。雑然として、ナンバリングなどの整理はされていませんでしたが、歴史的価値は一目瞭然でした。

 発見したのは山城国一揆の中核だった国人・椿井(つばい)家に伝わった124通にのぼる古文書を1冊の帳面に写したものです。宝徳2年(1450)から天正18年(1590)までの140年間に及ぶ史料で、写しとはいえ、100点以上の戦国期の古文書が一度に見つかることは滅多にありません。平群町から段ボールごと全てを借り受け、3年間の調査を経て、今年4月に記者発表しました。

椿井文書を前に語る馬部氏 ©共同通信社

 山城国一揆による自治は、文明17年(1485)に南山城の覇権を争った畠山義就と畠山政長を追放することで成立。8年後に守護・伊勢氏に臣従して、解体したとされてきました。

 ところが今回の発見で、国人たちによる地域的な結合である「惣国」が、戦国末期まで存続していたことが判明しました。また、椿井氏の仲間が敵対する国人・狛(こま)氏に対してスパイを送り込んでいたことなども記されていました。知られざる一揆の内部構造や闘争の内幕も分かったのです。

 椿井家は江戸時代に入ると、山城に残る家と、武士として各地に仕官する家に分かれました。今回の史料は、山城椿井家の当主が先祖伝来の古文書を帳面に写し、尾張徳川家の重臣・志水家に仕えた尾張椿井家に送ったもの。椿井家には平群町椿井を出身地とする「伝承」があったため、子孫の方が平群町に寄贈したのです。表題は「椿井先祖へ来書写」と記されています。

 椿井家に伝わる古文書から発見できたことは、私にとって大きな驚きでした。というのも、江戸時代後期の当主・椿井政隆は1000点を超える「椿井文書」と呼ばれる偽文書(ぎもんじょ)を作成した人物。私は2020年に『椿井文書──日本最大級の偽文書』(中公新書)を出版し、政隆が寺社などの由緒や絵図、各家の系図などに加えて織田信長の朱印状まで偽作したことを明らかにしました。今回は椿井家に伝わる別の系図の調査に向かったところ、たまたま「来書写」が入った段ボールを見せてもらえた。つまり、“偽物”を研究していたら“本物”の発見につながったというわけです。

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source : 文藝春秋 2024年8月号

genre : ニュース 歴史