屋根裏に眠り続けた歴史

高安 藤 在沖米国総領事館元広報・文化担当補佐官
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 それは、26年越しの吉報でした。1945年の沖縄戦の混乱により行方不明となっていた文化財22点が今年3月、アメリカから沖縄に返還されたのです。なかには、当時最高の技術を駆使して描かれた歴代琉球国王の肖像画である「御後絵(おごえ)」4点も含まれていました。アメリカに流出した琉球王家にまつわる文化財の返還は、実に70年ぶりのこととなります。

 沖縄戦のさなか、琉球国王・尚家の邸宅だった中城御殿(なかぐすくうどぅん)に保管されていた琉球王国時代の文物は、戦火を恐れ、敷地内の側溝へと秘かに隠されました。しかし、終戦を迎えて戻った職員が目にしたのは、御殿のあったはずの場所に広がる焼け野原、ただそれだけ。隠した文物は何者かによってすべて持ち出されたあとでした。色鮮やかな御後絵も失われ、記録用に撮られていた白黒写真の中でしか見ることができなくなってしまったのです。

 いま思えば、今回の返還への長い道のりは26年前、1998年に開かれたあるシンポジウムから始まりました。当時、在沖米国総領事館の広報文化補佐官だった私は、御後絵を含む「流出文化財」に関するシンポジウムに出席しました。琉球王国については、80歳を過ぎた私たちの世代でもほんの少し学校で習った程度。「御後絵」という言葉すら、ぼんやりと記憶の片隅にあったかどうかでした。

高安藤氏 ©文藝春秋

 奇しくもその翌年、沖縄でG8サミットの開催が決まります。クリントン米国大統領の出席も決まったため、シンポジウムを機に流出文化財についての調査を始めていた私は、中城御殿から持ち出された文物を1点でも探し出し、大統領から沖縄県へと返還してもらうよう米国務省に提案しました。ボストン美術館に琉球漆器コレクションが収蔵されていることまでは突き止めたものの、すでに数か月後に迫ったサミットには間に合わず、実現しませんでした。

 しかし、本当のスタートはここからでした。サミット閉幕直後、国務省から「専門家3人を沖縄から招聘したい。ついては、散逸した文化財を時間をかけて見つける方法を模索してもらってはどうか」という提案を受けたのです。領事と2人、手を叩いて喜んだことをよく覚えています。

 こうしてアメリカへ渡った専門家たちは、まずFBIやインターポール(国際刑事警察機構)で散逸した美術品を探す術を学び、帰国しました。そして、2001年に県は彼らの指南を受けてFBIの「盗難美術品ファイル」に、終戦直後に国外へ持ち出されたとみられる御後絵や王冠、礼服など13点を登録しました。それからというもの全く情報はなかったのですが、昨年、事態は急展開を見せました。

 米マサチューセッツ州のとある民家の屋根裏から、御後絵とみられる巻物や陶器、古地図とともに「終戦直後に沖縄で収集された文物」とのメモが発見されたのです。家主は太平洋戦線に従軍したことのない元軍人。亡くなった彼の遺品を整理していた娘が「FBI盗難美術品ファイル」を検索したところ、データベースに御後絵2点が登録されていたので、FBIに連絡。今回の返還に至りました。

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source : 文藝春秋 2024年8月号

genre : ニュース 政治 国際 歴史