土地と人と顔

黒井 千次 作家
ライフ ライフスタイル 歴史

 東京の西部郊外に当るこの土地に住みついてから、六十年近くが経つ。

 としたら、九十代にはいったわが生涯の三分の二はこの地で暮して来たことになる。

 更に細かく見ていけば、それにはまた前史があり、生れたのは東京の西郊に当る杉並区であったらしい。

 更にもう一つの前史があって、今住んでいるこの土地は、職業軍人であった母方の祖父が退役後を過すために、同じく軍人であった先輩からすすめられてその人の家のすぐ近くに土地を求め、家を建てて住みついた、という歴史がある。つまりここは、当方にとって母方の祖父母にあたる年寄りの住むいわば「イナカ」ともいえる土地であり、当時小学生であったこちらにとって、行けばオジイチャンとオバアチャンとが暮すイナカの広い家があった。

 更にさかのぼれば、歴史は弥生時代の遺跡にまで及ぶ。南に多摩川の流れを持つこの土地は、高低二つの広がりを持っている。流れに近い低地には米を作るタンボ、高い平らな土地は養蚕に使われて来たらしい歴史をもつ。その南に面した斜面は陽当りも良く、樹木に風も遮られてさぞ暮しの場に適していただろう、と想像がつく。

 その斜面から古代の遺跡が発見されたと聞くと、公開された現場を見学するために、マンションの建築工事を一時とめて公開中とのその現場に足を向けずに居られなかった。

 現場はこぢんまりとした円形に近い土地で、昔の人の暮していた姿が目に浮かぶようだった。規模はさして大きなものではなかったが、そのためにかえって暮しの様が目に浮かぶように思われた。その斜面にある小さな住いの暮しと現代の我々の生活とを比べた時、どんなことが言えるのだろう、としばし考えざるを得なかった。

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source : 文藝春秋 2024年9月号

genre : ライフ ライフスタイル 歴史