80年前の記憶を伝える「もの」の力
戦争の取材をしていると、「もの」の持つ力に気づかされることがある。
最初は20年前に訪れた硫黄島だった。そこで見た、壊れた飛行機の胴体を石だらけのセメントで覆って造ったトーチカ。それは大本営が「もはや敵手に委ねるもやむなし」と見放した島で、持久戦を闘うために工兵が工夫したものだった。
島にある自衛隊の基地庁舎には、当時使われた陶製の手榴弾が展示されていた。一人一丁の銃も支給されなかったことは知っていたが、金属製の手榴弾も払底していたのだ。戦争末期の日本軍には、米軍上陸が確実な前線の島に、必要な物資を送る力がもうなかった。
最高指揮官だった栗林忠道(くりばやしただみち)中将が、玉砕を前に大本営に送った訣別電報には「矢弾尽き果て」「徒手空拳」といった言葉がある。それを裏づける「もの」たちには、歴史の証人としての圧倒的な存在感があった。
個人的な物語を秘めた「もの」との出会いもあった。たとえば硫黄島の戦死者の夫人から見せていただいた遺髪。そこには白髪が交じっていた。聞けば銀行の次長職にあった夫は44歳で召集されたという。硫黄島の日本軍には現役兵が少なく、幅広い年齢の兵が集められたことは資料で読んだが、白髪交じりの遺髪によって“根こそぎ召集”の現実が実感をもって迫ってきた。
直接お会いして話を聴くことのできる戦争体験者が減っていく中、「もの」を通して歴史のリアリティにふれることができるのではないかと思うようになった私は、数年前から全国の戦争をテーマとした資料館や博物館(=戦争ミュージアム)を訪ねてきた。
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source : 文藝春秋 2024年9月号