〈「あなた、もうシュトラーレンへは行った?」〉
翻訳者を受け入れ、仕事場所を提供して創作活動を支援するトランスレーター・イン・レジデンス(TIR)。本書はドイツ文学者・翻訳家の松永美穂氏が、世界最大規模のTIRとしてドイツのシュトラーレンに佇む「ヨーロッパ翻訳者コレギウム」で過ごした日々を綴ったエッセイだ。松永氏はベルンハルト・シュリンクの『朗読者』を翻訳、日本翻訳大賞の選考委員を務めるなど、日本のドイツ文学研究を牽引する一人である。
「翻訳者なら何度も『もう行った?』と聞かれるシュトラーレン。2016年に初めて滞在して以来、これまで4度訪ねました。ここでの体験を講演などで話していたら、編集者から『本にしませんか』とお声がけいただいたんです」
シュトラーレンはドイツの西の果て、オランダとの国境が近く、花卉栽培が盛んで緑が広がる。穏やかな街でユニークな翻訳者たちと過ごすTIRの日々だが、時折、彼らが持つ複雑な背景も垣間見える。東ドイツ出身で、父が政府に投獄された過去を持つ翻訳者や、「国に帰れば殺される」というシリア出身の作家。翻訳者と街を散歩していると、ナチ党時代の痕跡を見つけることもある。
「ヨーロッパ自体が複雑な地域であり、さらにドイツは第二次世界大戦を始めた国でもある。(国際情勢を)出そうと意識して書いたのではなく、ドイツにいると、自然とそれに触れることになりました」
世界中の翻訳者との交流を重ね、大学の授業で翻訳を教えるうちに、著者のなかには「翻訳とは何か」という本質的な問いも浮かぶ。本書の最後には、AI時代の翻訳の未来についても触れている。
「以前、漱石の『こころ』の英語版電子書籍の冒頭に“Up, sir and I”という一文があり、それが『上 先生と私』の『上』をUpと機械翻訳したものだったという研究者の記事を読み、衝撃を受けました。産業翻訳など一部では機械化も進んでいますが、まだ人間にもできることがあるのではないか。儚いかもしれませんが、そんな希望を持って書きました」
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